いっしょに生きよう - 死にたいあなたへ
嘆き川柳 お絵かき掲示板
読切小説
[TOP]
情(なさけ)は人の為ならず
「情」という漢字。
僕はこの漢字を、(じょう)とは読まず、(なさけ)と読んでいる。
別に、「かっこいいから」とか、そんな訳ではない。
この漢字を見た瞬間、(なさけ)という言葉が一瞬にして頭に浮かぶのだ。

少し暗い読み方だろうと思うだろうけど。

情(なさけ)と読むと、大抵はこの言葉が思い浮かぶだろう。
「情けは人の為ならず」
(なさけ)と読むのはこの言葉が好きだからだった。

いいことをすれば、それは自分に返ってくる。
それがこの言葉の意味なのだが。
僕はこれを、少し省いて捉えている。

「返ってくる」という意味を受け止めはしなかった。


…この言葉を知るまでは、僕は自分、他人共に嫌いであった。
ろくでもないといえる奴であった。

昔の僕は心、性格、共に弱く、いじめというものに何度かあっていた。
誰かに相談することは、したくなかった。
弱虫がさらに弱虫になったと思われることが嫌だった。
いじめを受けるたび、僕は「自分は強くならなくては。」
と、思いを強くしてもっていくようになっていった。

そして、ある日。
いじめのリーダーを、拳でぶん殴った。
何度も、何度も。
それは恨みから来ていた。
誰だって、ひどい仕打ちを受けたなら、
やってきたそいつを恨むだろう。
そのひどい仕打ちを受けた瞬間を、忘れはしないだろう。

僕のなかで、恨みは「晴らすべきもの」になっていった。
返すべきもの、ともいうだろう。
それで心はすっきりするかもしれない。
一瞬の隙でもいいから…。僕の心は「安らぎ」を求めていた。
僕はその「安らぎ」を早く得るため。
相手に仕返しをする。
そのため、僕は「勇気」を持って、相手に立ち向かったのだった。

しかし、それは、実にくだらないことであった。
…くだらない、「勇気」であった。

僕が奴を殴っている間、奴の心はどう思ったか。
それを考えず、僕は奴を殴り続けた。
…同じだ。何もかも。
恨みを返せば、それはまた返ってくる。
そんな当たり前のこと、その時の僕はそれを気にもかけてはいなかった。

その後、僕はどうなったか。

僕は、奴とその仲間に倍に返された。
たくさん愚弄され、僕は冷たい地面に体のあちこちに血を滲ませ、倒れた…。
当たり前だった。

…やがて、僕は引っ越して、そいつらとは会わなくなった。
心は変わらなかった。
性格も変わらなかった。
状況が変わり、恐怖感が残っただけだった。

人が怖くなった。
誰とも、会いたくない、話したくない。
でも、僕には行かなくてはならないものがある。
…学校。

親は、僕に厳しい。
不登校なんざ、許してくれるはずはないだろう。
今更いじめのことも、話したくはない。
仕方なく、登校した。

新しい学校。僕は、転校生としてここへ入る。
挨拶をし、自己紹介をし、席に着く。
早く帰りたい。
そう思っていると、後ろの奴が消しゴムを落とした。

消しゴムはころころと転がり、椅子の下でとまる。
「ごめん、取ってくれる?」
僕はそれを拾い、そいつに渡した。

「ありがとう。」と、そいつは言う。
変な気分だった。今まで僕はいじめられていたのに。
思えば、前の学校では、「ありがとう。」と言われたことなんて、なかった。

そして、気づく。
僕は、「ありがとう。」と言ったことがなかった。
人に優しくしたこともなかった。
それらはすべて、いじめというものにあってから、失っていた。
人に「情」をかけることを、忘れていた。

いじめられていたころは、そのことばかり気になっていけなかった。
そのころは、不満だけが立ち込めていたから。
もし僕が「情」をかけていたのなら、状況は変わっていたのだろうか。

僕はそいつの一言で、心が少し安らいだ気がした。


「情けは人の為ならず」
国語の授業で意味調べをしている際、この言葉を僕は知り、何となく気になった。
いいことをすれば、その人は報いを受ける。
その言葉の意味を見て何となく思い出したのは、相手を恨み、それを恨み返されたことだった。

情(なさけ)…。
それは、恨みと同じなのだろうか。
人に情(なさけ)をかけたら、どんな方向に向かうのだろうか。

その日から、僕は周りをよく見て、些細なことに気を使うようになった。
人のことを、前の倍に思うようになった。

…それからは、「普通」といえる日常が続き、僕のイメージは「優しい人」に変わる。
周りに頼られることは多くなったが、それでもしたことは自分にすべて返ってくることはなかった。
ただ、僕は今まで暗いイメージだったから、
久し振りに相手を思い行動を起こすことは新鮮だった。

少し、明るくなったような気がした。


自分にいいことはあまり返ってこなくても、それでいい。
自分の為にもなる。
次第にいじめのことも恨みのことも、随分と過去のことだと立ち直ることができた。

「情けは人の為ならず」

僕はこの言葉に感謝をした。
それは、意味を少し省いて考えるだけで。
まだ少し幼かった僕を、照らしてくれた、言葉であった。
14/10/25 18:12更新 / 荒浪

TOP | RSS | 感想

[携帯専用] まろやか投稿小説 Ver1.53c