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夏の風物詩
夏の風物詩と言えば、風鈴、スイカ、プールと言うのが一般的なのかもしれない。
だが、僕にとって夏の風物詩といえば隣家の松山さん宅から聞こえる奥さんの怒声だ。
隣家の松山さんは高齢夫婦の二人暮しで、夏になると窓を開けて網戸にして、過ごすから松山さんの奥さんが夫を叱る怒声がしょっちゅう聞こえてくる。
「また、テレビの音をこんなに大きくして!!」
「何やってるの!もうそれは私がやるわ!」
「洗濯物は洗濯カゴに入れなさいっていつも言ってるでしょ!」
奥さんの怒声は、僕が物心ついた時からよく聞こえてきた。
毎年夏に聞こえてきてくる奥さんの怒声は何故か僕は心地よさを感じた。
人の怒声を聞いて心地よさを感じるのはおかしいかもしれないが、奥さんの怒声は夏になると聞こえてくる僕の中では当たり前のものだったから特に不快感などは感じなかった。

ある年の7月のこと。
救急車のサイレンが聞こえてきて、外に出ると松山さんの家の前に救急車が止まっていた。僕の目に飛び込んできたのは酸素マスク?のようなものを口につけ、担架に乗せられて救急車に担ぎ込まれる松山さんのご主人だった。
なんでご主人が救急車で運ばれたかはこの時には分からなかった。

ご主人が救急車で運ばれてから2、3日が経った日、松山さんのご主人が亡くなったことを母から聞いた。心臓発作で意識が戻ることなく逝ってしまったそうだ。
この日を境に松山さんの奥さんの怒声は聞こえなくなった。
もう二度と夏の風物詩が聞けることはないのだろう。僕にとってはそれがとても寂しく感じられた。

それから数ヶ月がたった。太平洋気候なので雪は振らないが空気は乾燥してとても冷たい。
僕が花壇のパンジーに水をやっていると、突然松山さんの家の庭の方から
「コラ!!しっ!!しっ!!」
と聞こえた。僕が慌てて松山家の庭を見ると竹ぼうきを刀のように持って構えている松山さんとものすごいスピードで逃げていく野良猫の姿があった。
もう二度と聞こえないと思っていた怒声が聞こえたので僕は昔から感じてきた心地よさを感じた。
どうやら、僕は無意識のうちに笑顔で松山さんを見てしまっていたらしい。
松山さんはコチラに気が付くと、鬼のような形相で
「何をニヤニヤ笑って見てるか!気色悪い!今のは見せ物じゃない!シッシッ!!」
と怒鳴ってきた。
僕は「す、す、すいましぇん!!」と言って逃げた。恐怖のあまり舌をかんだし、声が裏返ってしまった。だけど僕の心は満たされた。

どこからか、春の香りがしたような気がした。
16/05/09 00:42更新 / 亜樽

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