いっしょに生きよう - 死にたいあなたへ
嘆き川柳 お絵かき掲示板
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悪いこととか良いこととかについて考えたこと

世の中は正義と悪で溢れている。

人を殴ってはいけません。
自殺してはいけません。

困っている人がいたら手を差し出しましょう。
人にもっと優しくしましょう。


それって、どうして良いことで、悪いことなんだろう。
親が言ってるから? 神様が言ってるから? 法律で決まってるから?
誰かが言ってたからって正しさの証明にはならない。
どんなに頭のいい人でも、心のやさしい人でも、間違えるときは間違える。
なら、どんな人間が行ったことでも、間違いかもしれない。
神様が言ってるっていうなら仕方ないけど、神様を知らない人だったらそんな正しさ関係ないよね。少なくとも僕は知らない。


罪悪感という言葉がある。
悪いことをしたらそういうものを感じるのだそうだ。
僕にはよくわからない。サイコパスというやつだろうか。
ただ、犯罪をする気にはならない。だって自分にとって都合がわるいんだもの。
悪いことしたら捕まる。周りから白い目で見られる。
仕事につくことが難しくなる。食べていけなくなる。生きていけなくなる。

たぶんね。この世で正しいって言われてることは、生きてくために都合がいい者にしようとして作られてるだけなんだろうね。人殺しがいけないこととされてるのは、「人殺しがたくさんある社会って怖いよね」ッて思うから人殺しはいけないことになったんだ。その説明で嫌であれば、「大切な人が殺されるのが嫌だ」とかでもいい。それにしたって、「自分が嫌だ」から止めようとするんであって、けっして他人のためではない。人間っていうのはね、徹底的に利己的でしか居られないんだと思う。その過程の中で、利他的行動に特化することで、自分の欲望が満たされる人間が生まれてくる。あるいは利他的でいることで、より自分にとって都合の良い環境ができると判断する人間というものが生まれてくる。そしてそのシステムがますます進化して、利己的行動よりも利他的行動を多くする人間が生まれるんだ。でも他人に尽くすことばかりで、本当に自分が豊かになるだろうか。そこは人それぞれだろう。けど、「生き残る」ということを考えた時には、徹底的な利他主義っていうのは、非常に不利な存在であると僕は思う。

だから徹底的な善人って、生命としては失敗作、かもしれない。
動物としての人間を超えた存在、と言い換えてもいいかもしれない。

だからある意味、人間が性悪説で語られるのは正しい、とも思う。
動物としての人間は、悪であること、というよりは利己的であることが一番に動物として完成度が高いといえる。

話は変わるが僕らの善と悪っていうのは、その時代、社会によって全然ちがう。
人殺ししてもいいって時代もあったし、自殺が尊いことだと思われた時もあった。人に優しくすることが良しとされた時代もアレば、自分を守ることが大事だと言われた時代もある。そもそも僕らは1万年の歴史の殆どを、自分を守り他人を殺すことに費やしてきたんだ。殺戮は必然だった。僕らの体は「生きること」をもっとも大事なこととしてプログラムされている。自分が生き残るためなら他人を殺すように作られている。単なる本能としてってだけで、それが抗えないものだと言うつもりは決してないけどね。

絶対的な善悪なんてない。いろんな人が言ってきたことだ。
ある意味当たり前とも言える。
僕らの善悪は信念でしかない。だから、他人に押し付けるのはちょっと違う気がする。ただ、「ちょっと違う気がする」からと押し付ける人間をやゆするつもりではない。僕がただ他人に善悪の判断を押し付けないというだけの話だ。

では例えば「自殺をしたい」という人間に、僕は自殺を止めることができるだろうか。
たぶんその人が死んでほしくない、と僕が思えば、僕の都合でやめさせる。
そしてその行為は僕の身勝手でしかない。だってその状況で「自殺をするな」というのは「もっと生きて苦しめ」と言っているのとほぼ同義だからだ。

身勝手な行為。自殺を止めるのは暴力だ。
別に暴力が悪いことだ、とか自殺を止めるのだから良いことだ。
とか言うつもりはない。だって善悪は信念なんだものね。さっき確認したとおり。

だから、善悪とかは気にしちゃいけないね。
自分がなにか、押し付けるということは、すべて暴力なんだと理解するのが良い。自殺志願者に「死ぬな!」というのと、死にたくない人間に「死ね!」とナイフを突き立てることは、暴力という点ではなんにも変わらない。
自分の欲望を押し付けていることには何ら変わらないことを、僕らは知るべきだ。


たぶんね。だから、もう罪悪感だとか、正義感だとか。
そんなのは僕らにとってどうだっていいんだ。

なにかを誰かに押し付けたいときは、そこには暴力しかない。
自分の欲望しかない。

大事なのは「自分がどうしたいか」ってことだけ。
自分の欲求がそこにあり、善悪は地平線の彼方に消え去った。

だから、もう他人に気兼ねするな。余計に心配することはない。
徹底的に自分の欲望に忠実であれ。
その欲望が、他人に尽くすことを望むなら、それに従うのも良いだろう。
そして自分を「優しい人間」などと驕るな。あなたは利己的なだけだ。


僕はそういう人間が、真に美しい人間だと思う。
もし読んでなにか思うことがあったら、教えてくださいな。
間違いのない人間なんていないでしょうしね。


けど、誰かに対する罪悪感で押しつぶされそうな人とか、
あるいは優しさに潜むエゴに耐え切れなくなった人とか、
そういう人が読んで何かを感じてくれれば、おしえてほしいかなと


15/10/19 01:13更新 / レアス

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