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幸せについての考察

日時: 2010/10/10 03:38 ( infoweb)
名前: 禿名

ラッセルの「幸福論」を攻略中。
しかし、このおっさん中々どうして、約130年以上前に考えていたとは思えない。今時な考え方。

それもそのはず、このおっさん数学者・倫理学者から哲学者に変貌したまれにみる変人。

「パラドックス」なる言葉もこのおっさんが、言い始めた事。アインシュタインとも仲が良いとは、恐れ入ったり。やはり「バカと天才」は紙一重なのかな?
以下「幸福論」抜粋。

A.不幸の原因

[バイロン風の不幸]
・未来を常に待ち望み、現在のもつ一切の意味は、現在がやがてもたらすであろうところのもののうちにあるのだと考える習慣、これは一個の有害な習慣にほかならない。部分のなかに価値が存在しないならば、全体のなかにもいかなる価値もあり得ない。

[競争]
・成功は幸福の一つの要素になりうる。けれども、もし、他のあらゆる要素が成功を獲得するために犠牲にされたとしたら、成功の値いは余りにも高価となり過ぎる。・・・。禍いの根源は、他人との競争上の成功を幸福の主たる源泉として、余りにも強調し過ぎることに由来する。

[退屈と興奮]
・多少とも単調な生活に耐えうる能力こそ幼年時代に獲得されるべきものである。この点で今日の両親は大いに非難されなければならない。・・・・彼らは子供達に受動的な楽しみ与えすぎている。

[疲労、特に神経的−]
・正当な時に物事を考える習慣をつくることは大変重要である。・・・。始終、朝から晩まで下手に考えるよりも、困難なあるいは心配をせずにおれないような、決断を下さざるを得ないような状況の時、そのための一切の材料が利用可能となるや否や、諸君はその問題を最大限考え抜き、決断を下すとよい。
 いかなる種類の恐怖もすべて、それを見つめないことによって余計にひどくなる。考えを別にそらそうとする努力は、それを見つめないとする幽霊の恐ろしさに貢ぎ物をすることに他ならない。

[嫉妬]
・通常の人間性のあらゆる特質のなかで、嫉妬は最も不幸なものの一つである。嫉妬深い人は単に他人に不幸を加えようと望み、また罰せられることなしになし得ることなら何でもやってのけるだけではない。さらに自分自身もまた嫉妬により不幸にする。嫉妬深い人は自分の持っているものから楽しみを取り出すかわりに他人の持っているものから苦しみを取り出す。

[罪悪感]
・良心の呵責、悔い改め、露見しないかという恐怖、仲間からのけ者にされはしないかいう恐怖等々、・・・。
 その最も重要な形式における罪悪感は、その根源を無意識的なもののうちに持つところのものであり、それは、幼児期における母親の道徳上の教え(躾)に根拠をもつものである。

[被害妄想]
 この章における私の目的は、各人が自分のうちに被害妄想の要素を発見し(事実誰でも大なり小なりこの病気にかかっているのだが)、これを発見した暁にはこれを除去しうるための若干の一般的な反省にもとづく考察を提供しようとすることに他ならない。・・・。
 普通最も一般に見いだされる不合理なことの一つは、誰もが悪意をもったゴシップに対して実際上とる態度である。知り合いについて、いや、ときには友人についてさえ悪意あることをしゃべりたくなるのに抵抗できるような人は、極めてわずかしかいない。しかし、それにもかかわらず、自分のことについて何か言われたのを耳にするやいなや、憤慨と驚きに満たされる。自分が誰かある人についてウワサするように、誰もが同様に自分についてウワサしているのだということに全く気がつかなかったのである。・・・。被害妄想は、いつでも自分自身の美点長所を余りにも誇張して考えることにその根源をもっている。・・・。

  4つの一般的な教訓
 第一は、自分の動機が、自分自身がそう思うほど、いつも他人本位のものではないことを忘れてはいけない。
 第二に、自分の功労を過大評価してはいけない。
 第三に、自分が自分に関心をもっているのと同じように、他人が諸君のことにそれほど関心をもってくれるなどと決して期待してはいけない。
 第四に、大半の人々が、自分を迫害したいと思うほど、自分のことを考えているなどと、かりそめにも空想してはいけない。

[世論に対する恐怖]
・(近代社会においては)さまざまな見解の相違のために、任意の趣味と信念をもったある人間は、ある派閥(グループ)のなかで生活している時は、事実上、人間のクズみたいに自分のことを考えるのに、他の一派にあっては、彼はまったく正常な人間として受け入れられる。
 故意に世論を軽蔑する必要はない。・・・。だが、世論に対して無関心でいられることは、まさに一つの力であり、かつ、幸福の源泉である。

B.幸福をもたらすもの

[好奇心、熱意]
・多くの事物に興味を持てば持つほど、より多くの幸福の機会をもつことができる。そしてそれだけ運命の慈悲にすがらなくてすむ。なぜなら、好奇心が強く多くの興味の対象を持っている人間は、一つの事物を失っても、別の事物に目を移すことができるからである。・・・。あらゆる事物に対し興味を持つには人生は短すぎるが、毎日の生活を満たすに足るほどの多くの興味を持つことは幸福なことである。

[愛情]
・親切の「動機」というものは容易に親切をされた人によって看破されるものであり、また、親切を要求することが最も少なく見えるような人にかえって最も多く愛情を示そうとするのが人間性というものである。それゆえ、他人のためになるような行為によって愛情を買い取ろうと努力する人は、やがて人間の忘恩を経験することによって幻滅の悲しみをなめるだろう。

[家庭]
・子供達を持ち、孫達を持ち、そして彼らを自然の愛情を持って愛するところの男女にとっては、未来は重要なものである。・・・・。子供がいれば、自分の死は一切の終焉と感じない。

[仕事]
・仕事は、何をしようかということを決定することなしに、一日のうちの相当な時間をつぶしてくれる(退屈の予防策になる)。
 '目的の連続性'ということは、結局、幸福をつくりあげる最も本質的な部分の一つである。
 最も大きな満足を与える目的とは、一つの成功から次の成功へと、いつまでも死せる終点に達することなく、限りなく導いてくれるところの目的のことである。

[非個人的(非利己的)な興味]
・...仕事が終われば仕事のことは忘れて、翌日また始まるまでは思い出さない人は、その間ずっと仕事のことを思いわずらっている人よりも、ずっとよい仕事をする傾向がある。また、仕事以外の興味をたくさん持っていれば、持っていない場合よりも、仕事を忘れるべきときに忘れることが断然やさしくなる。ただし、肝心なことは、こういう興味は、一日の仕事で使い果たしてしまった当の能力を使うものであってはならない、という点である。...非個人的興味は、おしなべて'気晴らし'として重要であるだけでなく、ほかにも種々の効用がある。...。
 十分な活力と熱意のある人は、不幸に見舞われるごとに、人生と世界に対する新しい興味を見いだすことによって、あらゆる不幸を乗り越えていくだろう。その興味は、一つの不幸のために致命的になるほど制限されることは決してない。一つの不幸、いや数度の不幸によって敗北するのは、感受性に富むあかしとして賞賛されるべきことではなくて、活力のなさとして遺憾とされるべきことである。私たちの愛情は、すべて死の手にゆだねられているのであって、死はいつなんどき私たちのあいする人をうち倒すかもしれない。だから、人生の意義と目的をそっくり偶然の手にゆだねるといったように人生を狭く激しいものにすべきでない、ということが必要である。

[努力とあきらめ]
・賢い人は、防ぐことができる不幸を座視することはしない一方、避けられない不幸に時間と感情を浪費することもしないだろう。また、さけることができる不幸に見舞われたとしても、それを避けるのに必要な時間と労力がもっと重要な目的の追求を妨げるようであれば、進んでその不幸を甘受するであろう。多くの人々は、ささいなことでもうまくいかなければいつもじれたり、怒ったりして、もっと有益に使えるはずのエネルギーを多量に浪費している。
・実際的な仕事における能率は、私たちがその仕事に注ぎ込む感情に比例しない。それどころか、感情はときとして能率のじゃまになる。必要な態度は、人事を尽くして天命を待つ、という態度である。

C.『幸福論』以外から
[いかに老いるべきか]
 ・・・。心理学的にいえば、年をとってからは注意すべき二つの危険がある。その一つは過去への不当な執着である。記憶に生きること、昔のよき時代を惜しみながら、あるいは死んだ友を悲しみながら生きることはよくない。人の思想は未来へ、それについてなすべきことのある事物へ向けられなければならない。このことは必ずしも容易ではない。自分の過去は次第に重みを増すからである。...もう一つ避けるべき事は、子供の生命力から活力を吸収する希望をもって子供に執着することである。(子供の重荷になったり、子供をマザコンやファザコンにしたり・・・)
 '死の恐怖'を征服するもっともよい方法は、(少なくとも私にはそう思われるのだが)諸君の関心を次第に広汎かつ非個人的にしていって、ついには自我の壁が少しずつ縮小して、諸君の生命が次第に宇宙の生命に没入するようにすることである。個人的人間存在は、河のようなものであろう。最初は小さく、狭い土手の間を流れ、激しい勢いで丸石をよぎり、滝を越えて進む。次第に河幅は広がり、土手は後退して水はしだいに静かに流れるようになり、ついにはいつのまにか海の中に没入して、苦痛もなくその個人的存在を失う。
 老年になってこのように人生を見られる人は、彼の気にかけはぐくむ事物が存在し続けるのだから、死の恐怖に苦しまないだろう。そして生命力の減退とともに物憂さが増すならば、休息の考えは退けるべきものではないだろう。私は、他人が私のもはやできないことをやりつつあるのを知り、可能な限りのことはやったという考えに満足して、仕事をしながら死にたいものである。

こんな事考えて毎日、生活してたら、家族も(呆

1872年から98歳まで、生きた。まさしく「我が道をゆく歩く哲学者もとい変人」・・・・・・

コメントくれなくてもいいよ〜。独り言だから。

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