Re: 生き物を飼うこと ( No.1 ) |
- 日時: 2016/03/02 22:20 (au-net)
- 名前: 天使
- 生き物を飼うという事は、玩具を買うとかじゃなく命の責任を買います。
ただ欲しいからと都合のいい欲で買うのは、可哀想ですね。
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Re: 生き物を飼うこと ( No.2 ) |
- 日時: 2016/03/02 22:38 (spmode)
- 名前: 桜
- ねぇ
もし、本当にスレ主さんが言うように ペットを皆が飼わなくなったら 犬や、猫達はどうなるのかな? 人が飼わなくなったら、野生に 戻して貰えるのかな?
動物達だって、本当は自由に生きたいと 思っているよ 束縛されず、自由に… 人間が、野生に戻してくれたら…
もし、犬達が野生に戻れたなら 嬉しいよね? 自由に生きていけるって… でも、人間はどうなるのかな? 野生の犬達が自由に走り回ってたら? 噛まれたり、襲われたりしない? 1番は、狂犬病が発生しない? もし、発生したら人間はどうなるかな?
飼うのが、可哀想なら 狂犬病が発生して、犬達駆除された方が 可哀想じゃないかな? どっちが犬達にとって幸せなんだろうね 本当は、野生で自由にしてあげたい その方法があるなら… でも、実際は無理なんだよね 人間と共に生き、そして人間にワクチン接種を してもらう方法でしか生きていくこと出来ないと 犬達にも、幸せはないと思うの
ペットを飼うのは、癒しだけじゃないよ 命の大切さを子供達に教える意味でも 飼っている人達は大勢いるよ ペットの寿命が短いから、どうしても 先に死んでしまう。 その姿を見せ学ばせるの… 小さな命について、学ばせることが 成長してからの人間性に影響するから スレ主さんだって、そうでしょう? 命の大切さ解ったから、こうやって 考えることが出来る もし、愛犬の死を経験してなかったら 命の大切さ考えただろうか? 考えられる人間になったということは 愛犬に感謝しなきゃ 教えてくれて、ありがとうってね。
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Re: 生き物を飼うこと ( No.3 ) |
- 日時: 2016/03/02 22:46 (spmode)
- 名前: 匿名
- 言ってることが少しずれてるな。
作られた今の犬種のほとんどが野生では生きてはいけない。
狂犬病が発生したら?と書いているが、そもそもが存在する感染症なのだし、経路は残っている。
野生との共存はそのリスクがあるからそれを抑えようとして駆逐せざるを得ないもの。
命の大切さと言っているが、学ばせる為に飼うのではない。結果的に学ぶということ。 細かいようだが、ずれてるよ。
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No.3に対する返信 ( No.4 ) |
- 日時: 2016/03/02 23:22 (spmode)
- 名前: 桜
- > 言ってることが少しずれてるな。
> 作られた今の犬種のほとんどが野生では生きてはいけない。 > > 狂犬病が発生したら?と書いているが、そもそもが存在する感染症なのだし、経路は残っている。 > > 野生との共存はそのリスクがあるからそれを抑えようとして駆逐せざるを得ないもの。 > > 命の大切さと言っているが、学ばせる為に飼うのではない。結果的に学ぶということ。 > 細かいようだが、ずれてるよ。
そうでしょうか? 作られた犬達も、野生で生きていけますよ というか、犬のほとんどが 作られた犬種だと思いますけど
狂犬病、経路は残っているでしょうが 人間によって塞がれてる もし、塞がなくなったら?
学ばせる為に飼っている人達もいる 学校がいい例じゃないでしょうか? そういう親たちも居るってことです。
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Re: 生き物を飼うこと ( No.5 ) |
- 日時: 2016/03/03 00:30 (spmode)
- 名前: 匿名
- 生きていけるのは一部の大型犬だけです。
狂犬病に関しては記載済みです。
学校で飼うのはそういうことでしょうね。 あれはどうかと思います。 少なくとも私は反対派。 確かに子供に学ばせるには都合がいいでしょう。
犬を飼うことに知識がない人間の多いことが嫌なだけです。 先進国では日本が残念ながら低い位置にありますから。
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Re: 生き物を飼うこと ( No.6 ) |
- 日時: 2016/03/03 11:58 (plala)
- 名前: ゆん
人が飼う事によって、犬や猫その他の動物は幸せなのか。
飼われる事によって野性とは違って、自由は制限されます。
しかし、安定した食事、安定した寝床、そして飼い主からの愛情はもらえます。(ちゃんとお世話している場合。)。犬も猫も、大体の動物が愛情を持って接すればなつくと思います。飼い主と一緒にいて嬉しいのです。
可愛がられて一生を終えたなら、とても幸せな一生だったと言っていいのではないでしょうか??人間のエゴですかね??
野性は自然淘汰されます。生きるのは厳しいですよね。でも本来の動物のまま生きられます。
死ぬのは死ぬ時がきたら、死にます。それはどちらも同じです。
飼われていれば死ぬ時も見守られて、最後まで、食べられそうな食事ももらえて、死後も死を悼んでもらえます。
野性なら、エサが取れなくなったら死にます。
どちらが幸せなんでしょうね。それはそれぞれの考え方ですね。
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Re: 生き物を飼うこと ( No.7 ) |
- 日時: 2016/03/03 12:18 (au-net)
- 名前: 月
- 私も以前猫を飼っていましたが、飼う事が動物にとって幸せな事なのか不幸な事なのか答えが出ないままでした。
子供が産まれると飼い主が困るからって子供が産めないように手術されたり。 長く生きたか短く生きたかで幸せが決まるとも思えないし、飼われているから死のリスクが減るって事が幸せな事だと決めつけてるのは人間の価値観のようにも思える。 野生のままでいるのが自然な事なんじゃないかと思ったり。
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Re: 生き物を飼うこと ( No.8 ) |
- 日時: 2016/03/03 13:58 (so-net)
- 名前: お茶
- あのね、人は偶然ペットを飼う訳じゃない。
人に飼われる動物は、特に、犬や猫なんかは、飼い主を選んで生まれてくるんだよ。自分なりに決めた使命をもって。 縁があるから、自分のもとにやってきてくれる。
飼っている犬や猫は、自分の家族と同じでしょ? いつでも幸せでいてほしい、いつまでも健康でいてほしいって、心から願うのは当然です。
ペットを飼うには、覚悟があって当然です。自分かペットのどちらかが死ぬまで、ちゃんとできるだけの面倒をみる。可愛がるっていうのは、家族だもの、あまりに当然だし、自然の姿でしょ。 飽きたからって、我が子を簡単に捨てる親はいない。
わざわざ高いお金を出してペットを買う気にはとてもなれないけれど、たまたま捨て猫に出会ってしまい、みるにみかねて飼うようになるとかって、やっぱりあると思う。(自分のことだけども)
捨て猫なんかは、拾ってくれた飼い主に、ものすごく感謝するものなんだよ。
世の中には、捨て猫や捨て犬がいっぱいいて、そういう子達は、殺処分になってしまう。 親に捨てられた彼らがどんなに悲しむかが、どうして解らないのだろう?
だから、新たにペットを飼うなら、そういう人間に裏切られたかわいそうな子達を、ぜひ、選んでほしいナ。
ペットをみれば、その飼い主がどんな人かが判るというのは、本当です。
ペットとどういう風に接するかでね、その人間がどういう人間なのか解る。
人を訳もなく殺すようなヤツは、だいたいがペット虐待からはじまるものだし。
特に犬を飼うには、確かに彼らに有る程度、自由を縛ることになってしまうのは、今の世の中では致し方ないね。
だから、その分、親である飼い主が、できる限りのサポートをしてあげることが大切だね。 だからこそ、なおさらのこと、動物を飼うには、覚悟が必要です。
本当は、カワイイという気持ちが本当にあるなら、覚悟など必要ないんだけれども。愛する子供なら、最後まで面倒をみることが自然の気持ち、あふれでる行為行動、でしょ?
野良猫に餌をやるナ!という人もいる。 野生のまま放っておけと。 しかし、今の日本に猫や犬が生きていける野生など、まず、どこにもないサ。 もちろん、避妊手術して、野良が増えないようにすることがとても大切だけどね。
やっぱり、ペットと人間の両方お互いができるだけ気持ちイイように、互いに自由に生きられるような、そういうつきあい方を模索することが必要だよね。
私が反対なのは、日本に自生していない動物や昆虫などを、わざわざ外国から仕入れてペットとして売ること=興味本位で買う(飼う)ことだ。 飼うなら、最後まで責任をもって飼え!っちゅうーの!!
外来のペットを途中で捨てるそういう人間は、「自然に対しての責任」があまりにも無さ過ぎるのだと思う。 (最初から飼うな!!!!)
もう一つ言わしてほしい。 大きく違和感を感ずるのは「動物園」です。
狭い檻に閉じこめられてサ、人間達の好奇の目に一日中晒されるライオンや鳥や様々の大型の動物たちをみると、本当にかわいそうだ。
人間は、傲慢だ。 動物たちより自分(人間)の方がはるかに優れている、万物の霊長だ、などと何の根拠もなくうぬぼれている。 彼らの自由を奪うことに対して、大半は、何の躊躇も罪悪感も感じていないようだ。
しかし、広い草原を駆け抜けて生きていたい本能をもつ動物や、広い大空を自由に羽ばたいて生きていたい本能をもつ鳥たちを、動物園の狭い折の中に一生閉じこめておくことは、本来、真の意味で「虐待」でしかない。
だから、「動物園は、廃止するべきだ。
どうしてもやるというなら、少なくとも、サファリパークのような、制限されてはいても、ある程度の自由が保証される形でなければ、動物虐待でしかない。
同じ意味で、本来、広い草原を獲物を追って自由に暮らしてきた「犬」を飼う場合は、犬と一緒に1時間や2時間くらいは走り回れる位の体力が、やっぱり必要です。 そして、できるだけ毎日散歩につれていってあげることが。
犬を飼うということは、そういうことです。 そういう覚悟がない人、環境にない人は、犬を飼うべきではない。
犬や猫を飼ったことがある人なら、動物は言葉を話さないということ以外では、感情や心の動きなんかは人間とそんなに変わらないということを実感として知っているハズです。
そして彼らの心がどんなに純粋で美しいかを。優しくて愛や思いやりにあふれているかを。 私たち人間は、彼ら動物たちから学ぶことは、きっと多くあるのですよ。
彼らの存在そものが、「癒し」なのです。
私たち人間は、彼らから文字通り多くの有形無形の「癒し」と「サポート」を受けて、生きていくことが出来ている。
それが、まぎれもない真実なのです。
動物は、人間の嗜好品やアクセサリーではないのだよ。 私やあなたと同じ生命なのです。
敢えて、わざわざ高いお金を出してペットショップから動物を買ってペットとして飼う必要はないけれど、もし縁ある動物と出会って飼うことになったのなら、どうか最後の最後まで家族として、我が子として、できる限りの面倒をみてあげてほしいと思います。
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