No.0に対する返信 ( No.1 ) |
- 日時: 2012/07/28 10:46 (dion)
- 名前: よしお
- はじめまして。よしお と申します。
> 私は、身体が弱く、頭も悪いので働けません。 > 何度か、身体に無理をさせてアルバイトとかをして見ましたが、 > 長く続きませんでした。 > そんな自分に、自分は一人だと何も出来ない、生きていけない。 > そう感じさせられました。 セプトさんはそのようにご自分を責めておられますが、人間、誰しも自分一人だけでなど生きてはいけないと思います・・・。周りの助けを借りながら、そこに感謝をして自分からも相手の助けになれるように心がける努力すれば良いのではないでしょうか?
> 家族も、あまり私とは関わりたくないといった感じで、助けは求められないと思っています。 > それは、私の家族が特別白状だとか、そう云った理由ではなく、 > 私の家族には私以外にも大病を煩っているのがいるからです。 > それに加えて、私は小さな頃から祖父母の元で一人、暮らして > 来ている為、あまり、「家族」としては見られていないのだと > この数年の歳月の中で感じています。 > でも、それは仕方ない事だとも、自分で判っているのです。 ・・・確かに、自分以上に大変な思いをしている者にかかりっきりになってしまうのは世の常ですよね・・・。セプトさんも幼少時の生活環境に色々と寂しい思いをされてきたと思います・・・。けれどもご自身の心の中で折り合いをつけておられるご様子。年齢的にも「自立」という方向で割り切っておられつつあるのではないでしょうか?
> 私は、今は老人ホームに入った祖父の家で、一人で暮らしています。 > しかし、祖父ももう高齢の為、この家にもいつまでいられるのかは > 判らない。 > ただ、私は生活保護を受けられるそうなのですが、私は何故か、自分でも理解出来ない恐怖を感じています。 > 一人が怖いのか、とも思いましたが、今の生活だって、 > コンビニやそう云ったものを除けば、一ヶ月、二ヶ月誰とも > 会話が無い事だってざらで、その事に対して、寂しさは感じますが、 > 恐怖は感じていませんので、違うような気もします。 > 生活の変化が怖いのか、と思いましたが、それもイマイチ違うような > 気もします。 > ただ、原因の一つだと云う事は間違いないのですが、それだけじゃないと思うのです。 > 確かに、生活保護を受けたら、もう誰にも助けて貰えない。 > 今は、迷惑がられながらでも、義理だとしても、まだ姉が少しは > 助けてくれています。 > だけど、保護を受けたら、もう助けては貰えない。 > 完全に一人となってしまう。その事が怖いのは、本当です。 「生活保護を受けてしまうとセプトさんの今の生活環境が≪悪い方に≫激変してしまう」・・・とお感じのようですが、「生活保護を受けることで周りが潮を引くようにいなくなってしまう・・・」ということでしょうか?「落伍者のように見なされて、突き放されてしまう・・・」と?
そうだとするとどうにも周囲による偏見があるようなのですが、今のセプトさんのご状態について周りの理解が得られていないのでしょうか?・・・そうであれば、「単に生活保護を受給する→楽をしていると見なされる」部分への誤解を解く方向で、身近な周囲にお伝えしていってはいかがでしょうか?生活保護の不正受給に対する世間の目が厳しくなりつつある昨今、その中で受給対象となったセプトさんにはご病状のことなど、正当な理由があるのだと思います。その理解を求めるように動かれるだけでも、気持ちの面ではいくらか楽になるように思うのです。(・・・理解に乏しい方の反発にあうこともあるかもしれませんが・・・) > ただ、それでも、それだけじゃない。 > 自分でも理由の判らない、理由の考えられない、云い様の無い、 > 訳も判らず、涙だけが流れてしまう、気が狂いそうなほどに、 > 呼吸すら毒のようにし辛くなる、恐怖があるのです。 > それは、私が過去に色々な目にあってきたからなのかも知れませんが、 > 自分では、もう気にしていない、克服出来ているはずだと、 > 思っています。 > なのに、この云い様の無い恐怖感だけが、いつも、いつまでも > あり続けるのです。 その部分に関してはやはり、幼少時から感じられていた「辛く・苦しく・寂しい思い」が成長された今になって整理がつけられないままに思考においてとめどなくあふれ出てしまい、セプトさんなりに克服したようでおられて、本当の意味での解消には至っておられないように感じられました・・・。ですのでセプトさんさえよろしければ、こうした場を用いて心の中にくすぶり続けている感情を思いつくままに外に向けて吐き出してしまい、まっさらにした状態で少しずつ受け入れていけるような心持をこれからにおいて模索していかれてはいかがでしょうか? > 私は、生活保護を受けて、このまま一人で生きるべきなのでしょうか。 > 今の私は、外にあまり出る事が出来ない為、いつもパソコンで > 気を紛らわせている、考えないようにしている、のが現状です。 考えないように思考を「流して」しまうのは「問題を先送りにする」ことと同義で、先々においての苦しみを膨張させてしまうだけだと思います・・・。そのように気を紛らわせつつも、問題を個別に整理していって後顧の憂いを絶ってしまわれる方が、漠然とした恐怖感をいつまでも抱え続けることはなくなっていくように思うのです。生活保護を受けられるのも、セプトさんが将来的な「自立」に向けての避けては通れない道だと思います。そのうえで「一人・独りで生きる」と思い詰めるではなしに、これまで通りの付き合いを続けていかれるお気持ちで大丈夫ではないでしょうか?生活保護への周囲の「無理解」が懸念されるなら、こんこんと必要性を説いていく努力を重ねるだけで十分だと思います。
> こんな、内容の纏まってないような事で、ご相談などご迷惑だと思います。 > ただ、私にはもう判らないのです。 > 今も、全身から血の気が引くような寒さを感じながら、ご相談しています。 > 私は、私にとってどうする事がいいのか、判りません。 > 色々な掲示板や、家族の反応を見ていると、私のような者は生きていてはいけないような、そんな気になります。 > 生活保護でしか生きられない、自分で働けない、人の税金を無駄に使ってしまう…。 > 何度、こんな病気にさえならなければと思ったか、判りません。 > 病気は落ち着いても、治療で使った薬や期間によって、ぼろぼろになった身体は戻らない。 > 私は、この病気になった時、医者が家族に覚悟をと宣告した時に、終わっておくべきだったのかとも、思います。 > そうすれば、少なくても、家族に負担は掛けなかったのでしょう。と。 > ただ、姉に云わせると、死んだら死んだで葬式だのなんだので費用が掛かるし手間で、迷惑な事に変わりは無いそうですが。(苦笑 > もう、自分と云うものに笑うしかない。ですね。 セプトさんのご病気に関しましては本当に辛く、これまでにおいて苦しい思いを多々されてきたのだと思います・・・。ただ、未知を生きる上においてはいつ、いかなる境遇に苛まれるかは誰にもわかりません・・・。自分(よしお)も聴覚障害がありますが、そうなった不幸を呪い続けても現状は何も変わらないことを痛感しました・・・。自分(よしお)なんかの症状の比較を持ち出されても困惑されると思うのですが、変わらぬ現実が眼前に存在する以上、「受け入れる」・・・とまでは申さずともそれを踏まえて自分自身が現実生活をどううまくやりくりしていくか?・・・をこれからにおいて考えていかなければならないと思うのです。
お姉様もおっしゃるように「死」に逃げて、すべてを放棄する方向での考えはかえって周囲に迷惑をかけてしまうと思います・・・。生き方を探っていけば必ずや「その方に合った生き方」というものが見つけ出せると思いますので、「自分と云うものに笑うしかない」のであれば、そうしてリラックスしたお気持ちを持ちつつ、自分探しの方向で考えていかれてはいかがでしょうか?必要であれば自分(よしお)もお話をうかがわせていただきますので。
|
No.1に対する返信 ( No.2 ) |
- 日時: 2012/07/28 12:15 (dion)
- 名前: セプト
- 返信有難う御座います。
温かなお返事有難う御座います。 自分でも、生活保護は受けるべきだとも思うのですが、やはり怖いのです…。
> 「生活保護を受けてしまうとセプトさんの今の生活環境が≪悪い方に≫激変してしまう」・・・とお感じのようですが、「生活保護を受けることで周りが潮を引くようにいなくなってしまう・・・」ということでしょうか?「落伍者のように見なされて、突き放されてしまう・・・」と?
生活保護を受けたら、もう自分達が手を貸さなくても自分で何とかできるだろう。と考えられているのです…。 その為の生活保護だろう。と。 保護が受けられるなら、自分達が手を貸さなくてもいい。 放っておける。と考えられているようでした。 温かな家族じゃない。それでも、受ける事によって完全に切り離されてしまうのが怖いのです。 私は、既によその他人として見られていますから…。
> その部分に関してはやはり、幼少時から感じられていた「辛く・苦しく・寂しい思い」が成長された今になって整理がつけられないままに思考においてとめどなくあふれ出てしまい、セプトさんなりに克服したようでおられて、本当の意味での解消には至っておられないように感じられました・・・。ですのでセプトさんさえよろしければ、こうした場を用いて心の中にくすぶり続けている感情を思いつくままに外に向けて吐き出してしまい、まっさらにした状態で少しずつ受け入れていけるような心持をこれからにおいて模索していかれてはいかがでしょうか?
幼少期、私は確かに色々な事がありました。 いじめ、家庭内暴力、時には木材で頭を殴られて、気を失う事も、ガラス窓へ突き飛ばされて、消えない傷を両腕に負った事も、刃物を突きつけられたりした事もあります。 その時、警察に助けを求めて電話したりもしました。 名前、住所、状況を伝え、助けてくださいと、泣きながら訴えました。 しかし、当時は民事不介入との事で、結局助けて貰える事は無かった。 様子を見にだけでも来てくれる事も無かった。 警察は、人が死なない限り動かない。助けない。 幼心に、そう理解しました。 成長と共に、警察は利になる事件にしか関わろうとしない。 民事ならば、市民には助けとなっても、自分に益が無い為、動こうとしない。と理解しました。 そして、病気になり、普通に働けなくなってからの方が、私には耐え難かった。 私の身体の事を知った上で、私にも出来る仕事がある。 自分達と一緒にやろう。 そう誘ってくれた人が、詐欺の人だったのです。 私はそれが詐欺だと気付けず、訴えられた後で、私が勝手にやった事だ。 私が勝手に売ってただけだ。と、罪を全て擦られました。 その時は、私は自己弁護をする事無く、訴えられた方に謝罪しました。 知らなかったとは云え、事実として私はそれを売っていた。 だから、私は罪を認めて償う気でいたのですが、その姿勢が相手に伝わったのか、私の事情を知ろうとしてくれたおかげで、私は示談で済みました。 その後、どうにか頑張ろうと色々方法を探していた時に、出会いがあり、恋人が出来ました。 しかし、結局その人は…私とでは苦労が絶えないから、私が両膝が悪く、あまり動けない為、生々しい話になりますが、夜に不満を持っていたようで、形として友人に寝取られると云う結果になりました。
それからも、出会いはありましたが、やはり、それは一時の気まぐれのような感覚だったのか、別の人の方が…と云う理由で終わりました。
それからです。 私がもう、何も考えてなくなくったのは…。 自分では、もう気にしていないつもりではいますが、たまに強く思い出しては、独りなのだと感じさせられて、毒のような息苦しさの中で、叫びたい衝動に耐えながら、涙だけが流れます。
> 考えないように思考を「流して」しまうのは「問題を先送りにする」ことと同義で、先々においての苦しみを膨張させてしまうだけだと思います・・・。そのように気を紛らわせつつも、問題を個別に整理していって後顧の憂いを絶ってしまわれる方が、漠然とした恐怖感をいつまでも抱え続けることはなくなっていくように思うのです。生活保護を受けられるのも、セプトさんが将来的な「自立」に向けての避けては通れない道だと思います。そのうえで「一人・独りで生きる」と思い詰めるではなしに、これまで通りの付き合いを続けていかれるお気持ちで大丈夫ではないでしょうか?生活保護への周囲の「無理解」が懸念されるなら、こんこんと必要性を説いていく努力を重ねるだけで十分だと思います。
問題を先送りにしているのは、自分でも判っているんです。 それでも、何も考えたくないと、頭を抱え、目を瞑り、耳を塞ぐ私は、 愚かで、子供なのでしょう。 無駄に年齢だけを重ねてしまったと、自分でも云わざるを得ません。 それが判っているのに、動けない自分が、悔しく、悲しく、腹立たしい。 判っていながら、動けない自分が、情けないです。 ただ、考えてしまうと、どうしても、誰かを憎んでしまいそうです…。 私を騙した相手、離れていってしまった恋人…。家族…。 そして、何よりも、そうして誰かを憎む事で、自分を保とうとする私自身を、そんな弱く醜い自分を、強く嫌悪してしまうのです。 気が狂いそうなほどに、頭を柱に打ち付けたり、無意味に水を大量に飲んでみたり、自分でお腹を力一杯、何度も殴りつけて、痛みで何も考えられなくなるまで続けたり。 誰かを憎んでも仕方ない。人を恨むよりも、自分の浅はかさを呪うべきだと、私が判るまで。
> お姉様もおっしゃるように「死」に逃げて、すべてを放棄する方向での考えはかえって周囲に迷惑をかけてしまうと思います・・・。生き方を探っていけば必ずや「その方に合った生き方」というものが見つけ出せると思いますので、「自分と云うものに笑うしかない」のであれば、そうしてリラックスしたお気持ちを持ちつつ、自分探しの方向で考えていかれてはいかがでしょうか?必要であれば自分(よしお)もお話をうかがわせていただきますので。
ありがとう御座います。 私は、もう人と関わりたくないと考えています。 もう、裏切られたり、騙されたりするのは、辛過ぎるのです。 だけど、私は人寂しさを覚えます。 誰かに必要とされたい。人として扱われたい。 会話がしたい。傍に居たい。居て欲しい。と。 だけど、関わるのが恐ろしい。 外に繋がる、生活保護が怖いのでしょうね…。 それなのに、寂しい…。
嫌われていても、例え義理ででも、僅かでも、手を貸してくれる家族。 私を騙さない。嘘の無い、そのままの嫌悪。 例えそれが、嫌悪と云う感情だったとしても、裏切らない。 嘘が無く、私と僅かでも関わってくれている家族がいなくなるのが、どうしようもなく、怖いのです。
|
No.2に対する返信 ( No.3 ) |
- 日時: 2012/07/28 14:08 (dion)
- 名前: よしお
- こんにちは。
> 生活保護を受けたら、もう自分達が手を貸さなくても自分で何とかできるだろう。と考えられているのです…。 > その為の生活保護だろう。と。 > 保護が受けられるなら、自分達が手を貸さなくてもいい。 > 放っておける。と考えられているようでした。 > 温かな家族じゃない。それでも、受ける事によって完全に切り離されてしまうのが怖いのです。 > 私は、既によその他人として見られていますから…。 なるほど・・・。ただでさえセプトさんが希薄に感じておられる家族関係が、保護を受けることで完全に断絶してしまうように感じてしまわれるのですね・・・。であれば心持として「家族に何かしてもらう」ではなくて、「保護を受けてセプトさんの生活を維持したうえで、家族に対してできることをするよう働きかける」で良いのではないでしょうか?つまり保護を受けてから、座して何らかのアプローチを待つのではなく、自分から関係維持に向けて働きかけていくのです。 > 幼少期、私は確かに色々な事がありました。 > いじめ、家庭内暴力、時には木材で頭を殴られて、気を失う事も、ガラス窓へ突き飛ばされて、消えない傷を両腕に負った事も、刃物を突きつけられたりした事もあります。 > その時、警察に助けを求めて電話したりもしました。 > 名前、住所、状況を伝え、助けてくださいと、泣きながら訴えました。 > しかし、当時は民事不介入との事で、結局助けて貰える事は無かった。 > 様子を見にだけでも来てくれる事も無かった。 > 警察は、人が死なない限り動かない。助けない。 > 幼心に、そう理解しました。 > 成長と共に、警察は利になる事件にしか関わろうとしない。 > 民事ならば、市民には助けとなっても、自分に益が無い為、動こうとしない。と理解しました。 ・・・本当に想像を絶するお辛い思いをされてきたのですね・・・。今も改善されているとは言い難いですが、警察の対応は前時代的でひどいものですよね・・・。セプトさんが不信感を持たれるお気持ち、とてもよくわかります。
そうした消せようのない辛い記憶の数々が、今なおフラッシュバックされてお苦しみになっておられると思うのですが、せめてそうした辛さをセプトさんの心のうちに溜め込まれずに、外に向けて吐き出してしまうことで問題整理をつけていかれることを願うばかりです・・・。過去に起きた事象を変えることは不可能ですが、せめてこれからにおいては少しずつ問題に折り合いをつけていっていただいたうえで、セプトさんの幸せを目指していっていただきたいと思います。
> そして、病気になり、普通に働けなくなってからの方が、私には耐え難かった。 > 私の身体の事を知った上で、私にも出来る仕事がある。 > 自分達と一緒にやろう。 > そう誘ってくれた人が、詐欺の人だったのです。 > 私はそれが詐欺だと気付けず、訴えられた後で、私が勝手にやった事だ。 > 私が勝手に売ってただけだ。と、罪を全て擦られました。 > その時は、私は自己弁護をする事無く、訴えられた方に謝罪しました。 > 知らなかったとは云え、事実として私はそれを売っていた。 > だから、私は罪を認めて償う気でいたのですが、その姿勢が相手に伝わったのか、私の事情を知ろうとしてくれたおかげで、私は示談で済みました。 ・・・大変なことに巻き込まれてしまいましたね・・・。心苦しい思いはされたと思うのですが、元来のセプトさんの誠実なお人柄により、先方にもそれがしっかり通じて必要以上に問題が大きくならなかったのだとも思います。・・・その忌まわしい経験を胸に、これからにおいては慎重に生きていく姿勢であれば大丈夫だと思います。(高い授業料を払うことにはなってしまいましたが・・・。)
> その後、どうにか頑張ろうと色々方法を探していた時に、出会いがあり、恋人が出来ました。 > しかし、結局その人は…私とでは苦労が絶えないから、私が両膝が悪く、あまり動けない為、生々しい話になりますが、夜に不満を持っていたようで、形として友人に寝取られると云う結果になりました。 > > それからも、出会いはありましたが、やはり、それは一時の気まぐれのような感覚だったのか、別の人の方が…と云う理由で終わりました。 ・・・本当に人生とは酸いも甘いもいろいろな経験がありますよね・・・。ただ、相手の「人間性」にもよるところですので、すべての責任がセプトさんに問われるところではないと思います。・・・相手を貶めるようで申し訳ないのですが、そもそも相手の人間性・精神性が「未熟」であったのならば、どんなにこちらが努力を重ねようと虚しく反古にされてしまうしまうことはままあると思うのです・・・。ですので、これからにおいてはそうした経験を踏まえて、やはり慎重に考えていく必要があると思います。真の意味でセプトさんのことを受け止め、受け入れてくれる存在の出現も必ずあると思いますので。
> それからです。 > 私がもう、何も考えてなくなくったのは…。 > 自分では、もう気にしていないつもりではいますが、たまに強く思い出しては、独りなのだと感じさせられて、毒のような息苦しさの中で、叫びたい衝動に耐えながら、涙だけが流れます。 ・・・生きているうえでありとあらゆる「不幸」が自分にばかりに襲いかかるように感じられてしまいますよね・・・。それだけ激動の人生をセプトさんは歩んでこられたのだと思います。そして強烈にフラッシュバックされてしまうから、その耐えがたき苦痛の重みに悲鳴を上げるのをこらえて涙を流されるのだと思います・・・。どうかご自分だけで思い詰めるのではなく、そうした感情をどんどん吐き出してしまってください。この場で勿論伺いますし、もっと専門的な心療内科などにかかられても良いと思います。ご自分の中だけにとどめてしまわれると苦しさは膨張してしまうだけですので、遠慮なさらずに周りに助けを求めてください。
> 問題を先送りにしているのは、自分でも判っているんです。 > それでも、何も考えたくないと、頭を抱え、目を瞑り、耳を塞ぐ私は、 > 愚かで、子供なのでしょう。 > 無駄に年齢だけを重ねてしまったと、自分でも云わざるを得ません。 > それが判っているのに、動けない自分が、悔しく、悲しく、腹立たしい。 > 判っていながら、動けない自分が、情けないです。 > ただ、考えてしまうと、どうしても、誰かを憎んでしまいそうです…。 > 私を騙した相手、離れていってしまった恋人…。家族…。 > そして、何よりも、そうして誰かを憎む事で、自分を保とうとする私自身を、そんな弱く醜い自分を、強く嫌悪してしまうのです。 > 気が狂いそうなほどに、頭を柱に打ち付けたり、無意味に水を大量に飲んでみたり、自分でお腹を力一杯、何度も殴りつけて、痛みで何も考えられなくなるまで続けたり。 > 誰かを憎んでも仕方ない。人を恨むよりも、自分の浅はかさを呪うべきだと、私が判るまで。 ・・・それだけに大きな心の傷をセプトさんはこれまでにおいて負われてきたと思いますので、軽々しく誰かを憎むな!・・・などと申せませんし、セプトさんが情けないなどとも到底思えません・・・。ただ、そうした憎しみを自分の中だけで抱え込まれてしまうと、やはりどうして良いのかわからずに途方に暮れて、考えること自体を放棄しようと防衛心理が働かれると思うのです・・・。あるいは自傷行為を行ってしまわれたりと・・・。
それゆえにセプトさんのお抱えになる「毒々しい気持ち」を余すことなく外に向けて吐き出されて、その過程でたとえ周りや自分自身に憎しみを抱かれることになろうと、その吐き出すことでお気持ちに整理をつけたうえでその後において改善に向けての考え方に少しずつ切り替えていくようにした方が、建設的ではないでしょうか?すなわちこれまでの「認知のゆがみ(誤った捉え方)」を・・・気持ちを吐き出し・問題と向き合い・整理をつけて・改善に向けての考え方の変換をはかる・・・というように。すぐには難しいかもしれませんが、理知的に物事を考えておられるセプトさんならば、必ずやうまくいかれると思うのです。
> ありがとう御座います。 > 私は、もう人と関わりたくないと考えています。 > もう、裏切られたり、騙されたりするのは、辛過ぎるのです。 > だけど、私は人寂しさを覚えます。 > 誰かに必要とされたい。人として扱われたい。 > 会話がしたい。傍に居たい。居て欲しい。と。 > だけど、関わるのが恐ろしい。 > 外に繋がる、生活保護が怖いのでしょうね…。 > それなのに、寂しい…。 > > 嫌われていても、例え義理ででも、僅かでも、手を貸してくれる家族。 > 私を騙さない。嘘の無い、そのままの嫌悪。 > 例えそれが、嫌悪と云う感情だったとしても、裏切らない。 > 嘘が無く、私と僅かでも関わってくれている家族がいなくなるのが、どうしようもなく、怖いのです。 「人と関わりたくない」・・・じつは自分(よしお)にとっても永遠のテーマなのです。そしてその反面、どこかで人恋しくなってつながりを求める矛盾さも醸し出してしまいます・・・。「人間的」と申せば響きは良いのですが、そうした空虚感と闘いながら今も人生を生きている・・・という実感があります。それでも「生きていかねばならない」・・・という義務感(?)に突き動かされて変わり映えしない日々を歩んでいます。
・・・けれどもその中で自分で自覚はなかろうとも「周りに生かされている」というのは思い起こせば確かにあると思うのです。時には迷惑をかけて嫌な顔をされてしまうこともありますが、誰にも迷惑をかけずに「身ぎれいに生きる」などとは絶対にできないと思うのです・・・。結局のところは「お互い様」なのだと思います。
よほど相手が我慢の限界を感じ、縁を切ってくるのであれば話は別ですが、ある程度のつながりは実感できておられるようですので、たとえ保護を受けるからと言って「そこで終わり」にしてしまうのではなく、迷惑をかけることを最小限に抑えることを心がけながら、セプトさんの方からもつながり維持のために働きかけていかれてはいかがでしょうか?「つながっていたい」・・・とセプトさんの正直なありのままの気持ちを周りに伝える努力をしていくことも大切だと思うのです。
|
No.3に対する返信 ( No.4 ) |
- 日時: 2012/07/28 21:56 (dion)
- 名前: セプト
- こんばんは。
ご返信有難う御座います。
> なるほど・・・。ただでさえセプトさんが希薄に感じておられる家族関係が、保護を受けることで完全に断絶してしまうように感じてしまわれるのですね・・・。であれば心持として「家族に何かしてもらう」ではなくて、「保護を受けてセプトさんの生活を維持したうえで、家族に対してできることをするよう働きかける」で良いのではないでしょうか?つまり保護を受けてから、座して何らかのアプローチを待つのではなく、自分から関係維持に向けて働きかけていくのです。
生活保護を受ける場合、私は遠くに一人、引っ越す事になりますから、距離的にも、私の身体的にも、凄く難しいです…。 生活保護を受ける条件と云いますか、それで、私が病院に掛かる事が求められるのですが、私の病気は、もう大分安定しているとはいえ、特定疾患にはなっていないものの、それに近い、類似性の高い難病の類でして、その診察、検査等を行える病院は、最低でも今住んでいる市外にしかないのです…。 再生不良性貧血に、極めて似た症状を持つ、血球貪食症候群と言います。 その治療でステロイド系(プレドニゾロン)と云う薬を何年も服用していた為、私は全身の骨が脆くなっており、その繋がりで、自分の体重によって両膝の骨が削れ、尖り、欠けた骨が間接に挟まったり、尖った骨が神経を擦り、動かすと激痛が伴うです。 治療と云っても、膝を手術するしかないのですが、それもあまり意味がないです…。 全身の骨自体が脆いので、何度尖ったものをならしたとしても、動けば動く分だけ、また削れていくからです。 その為、私はもう、ずっと運動する事も出来ず、体力が衰えていくばかり。 今ではもう、椅子に二時間も座っているだけで、辛い状況です。 こんな私に、何か出来る事なんて何もなく、ただ出来る事は、少しでも負担を減らす為に、いなくなる事なのでしょう…。
> そうした消せようのない辛い記憶の数々が、今なおフラッシュバックされてお苦しみになっておられると思うのですが、せめてそうした辛さをセプトさんの心のうちに溜め込まれずに、外に向けて吐き出してしまうことで問題整理をつけていかれることを願うばかりです・・・。過去に起きた事象を変えることは不可能ですが、せめてこれからにおいては少しずつ問題に折り合いをつけていっていただいたうえで、セプトさんの幸せを目指していっていただきたいと思います。
温かなお言葉、有難う御座います。 ただ、私が幼少の頃に受けた苦しみは、その殆どが自分で望んで選んだ結果ですから、後悔や、恨みのようなものは無いのです。 幼少の頃、私が幼稚園を卒園する頃までは、祖父母も、両親も、 皆一緒に暮らしていました。 ですが、祖父が酒乱で、毎晩のように騒ぎ、暴れていました。 今から思えば、父はそんな環境に、私達子供や病気の母を置きたくは 無いと考えたのでしょう。 しかし、私はそれに対して、また病気だった祖母だけを置いていく事に 納得出来ず、自分は行かない。自分一人ででも、祖母を守ると言い張り、一人残る事を選んだのです。 その為、両親にしてみたら、私は自分の意志で家族から外れた事になるのでしょう。 その為、私は、病気の母を抱えて、苦労して来ただろう、姉達や、父達の苦労を、想像する事しか出来ず、知る事は出来ません。 分ち合ってもいません。 だから、私は両親にしても、姉達からにしても、既に部外者と云う認識が強いのだろうという事を理解しています。
確かに、祖母を守る為には、必要な事だったと今でも思います。 しかし、その為に自分の意志で、家族との繋がりを、私は自分の我侭で断ち切っている。 この事に、悲しさを感じてしまいます。
> ・・・本当に人生とは酸いも甘いもいろいろな経験がありますよね・・・。ただ、相手の「人間性」にもよるところですので、すべての責任がセプトさんに問われるところではないと思います。・・・相手を貶めるようで申し訳ないのですが、そもそも相手の人間性・精神性が「未熟」であったのならば、どんなにこちらが努力を重ねようと虚しく反古にされてしまうしまうことはままあると思うのです・・・。ですので、これからにおいてはそうした経験を踏まえて、やはり慎重に考えていく必要があると思います。真の意味でセプトさんのことを受け止め、受け入れてくれる存在の出現も必ずあると思いますので。
私には、判りません…。 私にそんな人が現れるなど、砂漠に落ちた針を探すよりも望みが無く感じられます。
> ・・・生きているうえでありとあらゆる「不幸」が自分にばかりに襲いかかるように感じられてしまいますよね・・・。それだけ激動の人生をセプトさんは歩んでこられたのだと思います。そして強烈にフラッシュバックされてしまうから、その耐えがたき苦痛の重みに悲鳴を上げるのをこらえて涙を流されるのだと思います・・・。どうかご自分だけで思い詰めるのではなく、そうした感情をどんどん吐き出してしまってください。この場で勿論伺いますし、もっと専門的な心療内科などにかかられても良いと思います。ご自分の中だけにとどめてしまわれると苦しさは膨張してしまうだけですので、遠慮なさらずに周りに助けを求めてください。
私には、不幸と云うものが判りません。 私には、これが普通で、日常でした。 私には、これが現実であり、当たり前なのです。 ただ、温かな家族を見て、寂しさと同時に、嬉しさを感じる。 温かな家族に、自分とは違う、あの子は笑顔だと、悲しさと安堵を感じるだけで。 ただ、ただ、寂しい。 ただそれだけ、なのです。
> それゆえにセプトさんのお抱えになる「毒々しい気持ち」を余すことなく外に向けて吐き出されて、その過程でたとえ周りや自分自身に憎しみを抱かれることになろうと、その吐き出すことでお気持ちに整理をつけたうえでその後において改善に向けての考え方に少しずつ切り替えていくようにした方が、建設的ではないでしょうか?すなわちこれまでの「認知のゆがみ(誤った捉え方)」を・・・気持ちを吐き出し・問題と向き合い・整理をつけて・改善に向けての考え方の変換をはかる・・・というように。すぐには難しいかもしれませんが、理知的に物事を考えておられるセプトさんならば、必ずやうまくいかれると思うのです。
私には、そう云った解決方法は無理だと思います…。 自分の苦しみを、人に対して当たりたくないと云う思いと、 現実的に見て、それは家族や、周りの深い理解が無ければ出来ない事のように思えます。
> 「人と関わりたくない」・・・じつは自分(よしお)にとっても永遠のテーマなのです。そしてその反面、どこかで人恋しくなってつながりを求める矛盾さも醸し出してしまいます・・・。「人間的」と申せば響きは良いのですが、そうした空虚感と闘いながら今も人生を生きている・・・という実感があります。それでも「生きていかねばならない」・・・という義務感(?)に突き動かされて変わり映えしない日々を歩んでいます。
確かに、人間的なのでしょうね。 昔、ある知人にも云われました。私はよくも悪くも、人間的過ぎると。
よしおさんは、義務感で生きているのですか? それは、家族や子供、守りたいものがあるからこその義務感なのでしょうか。 それとも、ただ生きる事を放棄したくは無いと云う、言い方は妙かもしれませんが、反骨精神のようなものの表れからの義務感なのでしょうか。
|
No.4に対する返信 ( No.5 ) |
- 日時: 2012/07/29 00:46 (dion)
- 名前: よしお
- こんばんは。・・・なんだか自分自身(よしお)の想像力の足りなさにより、前のレスではセプトさんを傷つけてしまうようなレスになってしまいました・・・。本当にお申し訳ありませんでした。
> 生活保護を受ける場合、私は遠くに一人、引っ越す事になりますから、距離的にも、私の身体的にも、凄く難しいです…。 > 生活保護を受ける条件と云いますか、それで、私が病院に掛かる事が求められるのですが、私の病気は、もう大分安定しているとはいえ、特定疾患にはなっていないものの、それに近い、類似性の高い難病の類でして、その診察、検査等を行える病院は、最低でも今住んでいる市外にしかないのです…。 > 再生不良性貧血に、極めて似た症状を持つ、血球貪食症候群と言います。 > その治療でステロイド系(プレドニゾロン)と云う薬を何年も服用していた為、私は全身の骨が脆くなっており、その繋がりで、自分の体重によって両膝の骨が削れ、尖り、欠けた骨が間接に挟まったり、尖った骨が神経を擦り、動かすと激痛が伴うです。 > 治療と云っても、膝を手術するしかないのですが、それもあまり意味がないです…。 > 全身の骨自体が脆いので、何度尖ったものをならしたとしても、動けば動く分だけ、また削れていくからです。 > その為、私はもう、ずっと運動する事も出来ず、体力が衰えていくばかり。 > 今ではもう、椅子に二時間も座っているだけで、辛い状況です。 大変なご病気をお抱えだったのですね・・・。そのつらさ・苦しさは想像を絶するものだと思います・・・。せめてこれ以上悪化されぬよう、定期的に専門医の方に診ていただいて、ご自愛いただきたいと思います。
そして生活保護の問題も、そこに端を発していたのですね。遠く離れてしまい、セプトさんのお体のこともあって物理的にご家族と会うことが難しくなってしまわれる・・・。「会う」ことに固執されなければ、電話やメールなどの通信手段も考えられますが、やはりそれだと問題解決には至らないでしょうか?
> こんな私に、何か出来る事なんて何もなく、ただ出来る事は、少しでも負担を減らす為に、いなくなる事なのでしょう…。 自暴自棄になられてご自分を貶めるような結論に急がれても、セプトさんが良い方向に向かっていかれるための解決策にはならないと思います。後述の「不幸」という言葉が当てはまらないのならば、降りかかる「問題」の数々に対して取り組む意欲・・・心的エネルギーが奪われて、「自分さえ身を引けば」・・・というような心持になってしまっておられませんか?周りにとってどうかは知りませんが、あきらめの境地で自分自身を貶める方向で考えていっても、問題の根はより一層深くなってしまうと思います・・・。 > 温かなお言葉、有難う御座います。 > ただ、私が幼少の頃に受けた苦しみは、その殆どが自分で望んで選んだ結果ですから、後悔や、恨みのようなものは無いのです。 本当にそうでしょうか?まだ年端もいかない幼い子供だったであろうセプトさんが「望んで選んだ結果」であるなど、今現在のセプトさんはそのように解釈し、整理をつけておられるようですが、果たしてその当時のセプトさんはそのように割り切って受け入れられたのでしょうか?
> 幼少の頃、私が幼稚園を卒園する頃までは、祖父母も、両親も、 > 皆一緒に暮らしていました。 > ですが、祖父が酒乱で、毎晩のように騒ぎ、暴れていました。 > 今から思えば、父はそんな環境に、私達子供や病気の母を置きたくは > 無いと考えたのでしょう。 > しかし、私はそれに対して、また病気だった祖母だけを置いていく事に > 納得出来ず、自分は行かない。自分一人ででも、祖母を守ると言い張り、一人残る事を選んだのです。 ・・・選択肢を限りなく限定された中で、必死にお祖母様を守ろうとセプトさんの優しさより、泣く泣く決断されたことではないのですか?もちろん、それが悪い・・・などと申しているわけではないのです。
> その為、両親にしてみたら、私は自分の意志で家族から外れた事になるのでしょう。 > その為、私は、病気の母を抱えて、苦労して来ただろう、姉達や、父達の苦労を、想像する事しか出来ず、知る事は出来ません。 > 分ち合ってもいません。 > だから、私は両親にしても、姉達からにしても、既に部外者と云う認識が強いのだろうという事を理解しています。 ・・・正直、そのように捉えてしまうご家族の方が解せません・・・。今更申しても詮無いことなのですが、本来であれば父親がそうした状況に関して最善の手を打つべきであったと思うのです。祖父がそのように乱暴を働くのならば、お祖母様も一緒に連れて家を出るなど。・・・もちろんいろいろと込み入った事情があったのかもしれません。しかし、「大人」しての立場であった父親が何ら対策を講じずに、「幼い子ども」であったセプトさんに残酷な選択を押し付けた挙句、いくらその後の苦労があろうと「自分で選んだのだから」・・・などと突き放してしまうような心理は到底理解できません!
> 確かに、祖母を守る為には、必要な事だったと今でも思います。 > しかし、その為に自分の意志で、家族との繋がりを、私は自分の我侭で断ち切っている。 > この事に、悲しさを感じてしまいます。 それをセプトさんの「我侭」と捉えてしまうのは苦しいことですよね・・・。その「意志」だって、もとはと言えば大人たちの対応の不甲斐なさゆえにセプトさんに押し付けられた「犠牲」なのではないでしょうか?それに関しての「悲しさ」であるならば非常に理解できます。セプトさんの心は今なお深く傷ついておられるのではないでしょうか?
> 私には、判りません…。 > 私にそんな人が現れるなど、砂漠に落ちた針を探すよりも望みが無く感じられます。 残念ながら人間的に未熟ではあったものの、セプトさんのことを一時は見てくれた相手にはめぐり逢えたのですよね?今度はそのような人間性か否かをしっかり見極められて、精神的に成熟された方を選ばれれば良いと思うのです。・・・最初からあきらめておられてはもちろんうまくいかないと思います・・・。後述の「人と関わりたくない」の部分につながるのですが、自分(よしお)は最初から誰かとつながりを持つこと自体をあきらめてしまっています・・・。当たり前のことですが、そのような自らの態度により誰も近づいては来ません。そして自分自身(よしお)も「たぶん一生このままなのだろうな・・・。」と無為な感覚を味わっています。自業自得ですが・・・。 苦笑 > 私には、不幸と云うものが判りません。 > 私には、これが普通で、日常でした。 > 私には、これが現実であり、当たり前なのです。 > ただ、温かな家族を見て、寂しさと同時に、嬉しさを感じる。 > 温かな家族に、自分とは違う、あの子は笑顔だと、悲しさと安堵を感じるだけで。 > ただ、ただ、寂しい。 > ただそれだけ、なのです。 前述の「降りかかる問題」に対して「不幸」とは思わずに当たり前の感覚としてセプトさんは受け入れられておられる・・・。ただ、それも幼少期より自ら言い聞かせてこられた「犠牲」であり、セプトさんの感覚が麻痺されておられるのではないでしょうか?・・・それでもやはりどこかで無意識のうちにご自身の境遇と比較されてしまうから、そうでなかった自分が「寂しく」思われてしまうのではないでしょうか?・・・それもやはり幼少期のセプトさんのお心が、今なお深く傷ついておられる証左なのだと思います・・・。
もはや過去の出来事は変えられませんが、今のセプトさんが幼少時の傷ついたご自分に対して慰め、励まし、温かく抱きしめてあげることで、 いくらかでもこれまで辛い思いをされたご自身を労わることにつながると思いますよ。自分の受けた心の傷は、たとえ専門家だろうと他の誰にも治すことはできず、自分自身で回復させていくほかないのですから・・・。 > 私には、そう云った解決方法は無理だと思います…。 > 自分の苦しみを、人に対して当たりたくないと云う思いと、 > 現実的に見て、それは家族や、周りの深い理解が無ければ出来ない事のように思えます。 ・・・確かにそうですよね。「受け入れてくれる相手」がいない限りは、ただ迷惑をかけてしまうだけですもんね・・・。ただ、現実においては無理でも、こうしたネットなどの匿名性が確保された場であればあるいは・・・と思いました。自分(よしお)もセプトさんの苦しみをぶつけておらっても構わないつもりで書かせていただきました。ただ、ご自分に無理をしてまでやることではありませんので、別の方法を模索していく方向で考えていければ・・・と思います。差し出がましい意見を失礼しました。 > 確かに、人間的なのでしょうね。 > 昔、ある知人にも云われました。私はよくも悪くも、人間的過ぎると。 > > よしおさんは、義務感で生きているのですか? > それは、家族や子供、守りたいものがあるからこその義務感なのでしょうか。 > それとも、ただ生きる事を放棄したくは無いと云う、言い方は妙かもしれませんが、反骨精神のようなものの表れからの義務感なのでしょうか。 これも前述の話につながるところなのですが、現状、日々空虚感に苛まれて生きております。・・・生きていると色々なところで制約を受けて、常にあきらめの感情が心を支配してしまいます・・・。かといって死ぬ勇気もなく、ただただ惰性で生きているような感覚が抜けません・・・。自分(よしお)は30代半ばで独身なのですが、恐らくこれからもこのままで過ごすのだろうな・・・と漠然と考えております。
人と関わるのが面倒臭いのでしょうね・・・。そのくせ孤独感には終始苛まれてしまう・・・。それは本当に「波」があって、孤独感と人恋しさがその時々の気分で襲いかかってくるのですが、しかし長年の経験則により、今では「孤独」にシフトしてそちらでの開き直りが大きくなっています。現実において人付き合いが浅く、それによって心許せる相手がいつまで経ってもいないままなのです。自分自身(よしお)の狷介な態度のせいもありますが・・・。
・・・それでも虚しいは虚しいから、こうしたネットにおける話し相手を求めているのだと思います。自分(よしお)が文章好きなのもありますが、こうして記録として眼前にはっきりと残るやり取りの方が、リアルにおける話などよりよほど芯に響くと思っております。・・・義務感でも反骨精神でもなく、強いて言うならばこうして「人格的に優れた、話がしたい誰かが出てくる」・・・からなのかもしれませんね。
|
No.5に対する返信 ( No.6 ) |
- 日時: 2012/07/29 16:44 (dion)
- 名前: セプト
- こんにちは。
お返事が遅くなりすみません。 よしおさんのお話を、自分なりに租借し、考えておりました。 やはり、惰性と云いますか、そう云った感覚で過ごす事になって しまうのでしょうね…。 生活保護を受けたとしても、このご時世、いつ打ち切られるか判らないと云う恐怖感の中で、孤独感を抱えて独り日々を送る…。 発狂しそうな孤独の中で、叫び声すら上げられず蹲り、ただただまだ生かされているだけだと云う現実に恐怖しながら、いつ打ち切られて死刑宣告されるのかと怯え続ける自分が、想像出来てしまう…。
そんな、終わりの無い震えを感受して、生かされていく自身と、 このまま、何も考えられず、ただ家族に捨てられる日を待つ今。
臆病な私には、そのどちらを選ぶ事も、出来ない。 人との繋がりの薄い昨今、どんなに人との繋がりを求め、 動いたとしても、その結果はきっと、「嫌な顔」なのでしょう…。
例えば、人恋しく思い、ただ公園でぼうっとしている。 賑やかに笑い、駆ける子供たちを、学校を眺め、寂しさを紛らわせる。 ただそれだけの、ささやかな思いすら、周囲には、子供たちの保護者様には、「不審者」としてしか見られず、遠ざけられてしまうでしょう。 これは、被害妄想と云う訳ではなく、過去に経験した事です。 私には、そうやって寂しさを紛らわせる事すら、許して貰えなかった。 私の行動は、人の迷惑にしかならないのだと云う、現実だけが、 残りました。
私は、怖いです。 保護と云う名の、恐怖の中で、孤独に生きる事が。 私は、怖いです。 祖父がいなくなった瞬間、私の居場所が何処にも無くなり、家族に捨てられるだろう事が、判っている…、理解出来てしまう事が。
痛みには、耐えられる。 苦痛なんて、今までに嫌と云うほど受けて来たから。 そんなものは、もう私には日常で、例え腕が捻じ切られたとしても、 きっとそれも、私には日常的な痛みとして受け入れ、それほど気にならないでしょう。 今も、両膝の骨が、神経を擦り、欠けた欠片が欠陥や筋の間に入り、痛みが絶えない。 だけど、その痛みですら、既に10年近く共にある日常です。 私には、生きる上である当然のものとなっています。
けれど、孤独感は、いつ打ち切られるかと云う恐怖感は、きっと…長くは耐えられないでしょう…。 パソコンで気を紛らわせ、考えないようにする事で、孤独には、何とか目を逸らせていますが、生活保護の中で、それは出来ないと思います。 限られたお金で、電気代を気にしながら、パソコンで目を逸らすなど 出来ないでしょう。 電気代を気にしてしまう、考えてしまう度に、恐怖を覚え、孤独を見、 震えてしまう。 誰か、話し相手と云いますか、傍にそういった方が、一人でも居れば、 違うと思います。 が、現状、私にはそんな人は一人として居ない。 求めても、ただ眺め見るだけだとしても、許されない。
多分、よしおさんは、私の事を理知的、と見てくださっているのでしょうが、それはきっと、違うのです。 私は、自分を客観的に捉えて、周りを見て、諦観を以って、理解する変わりに、私は、深い思考を放棄し、自らを嘲るように識る事で、自らを出来の悪い物語であるかのように捉えて、笑う。
だからこそ、私の口癖は「愉快だね」となってしまったのです。 私は、自分の事である限り、どんな痛みも、苦しみも、悲しみも、 全て、滑稽で、出来の悪い、ただの喜劇としてみているのです。 そうやって、私は私自身を哂い、滑稽な道化として見ています。 そうして、私はもう何年も、死んでいません。
それを理解しながら、哂い、愉快だとしてしまう私は、もう既に狂っているのでしょう。 狂いながら、狂う事を理解して、哂い、涙だけを流しながら、哂う。 愉快だと、口にしながら。
確かに、よしおさんのお話は、私に届きました。 考えさせられました。 そのお話は、私にはまだ、想像でしかなかった。 けれど、よしおさんの実体験を知り、私の想像していた先と繋がる ものだと、先を観る事が出来ました。 例えそれが、光の無い道だったとしても、無知に進むよりは良い事なのでしょう。 ただ、今の私には、保護と云う恐怖を受け入れる勇気は、持てそうにありません。 これから先、どうなるのかは判らないですが、きっと私は、独りとなるのでしょう。 それだけは、どんな結果になったとしても、変わらず、先にあり続けるのでしょうね。
|
No.6に対する返信 ( No.7 ) |
- 日時: 2012/07/29 19:53 (dion)
- 名前: よしお
- こんばんは。
> お返事が遅くなりすみません。 セプトさんのペースで全然構いません。負担にならぬようになさっていただければ・・・と思います。
> よしおさんのお話を、自分なりに租借し、考えておりました。 > やはり、惰性と云いますか、そう云った感覚で過ごす事になって > しまうのでしょうね…。 > 生活保護を受けたとしても、このご時世、いつ打ち切られるか判らないと云う恐怖感の中で、孤独感を抱えて独り日々を送る…。 > 発狂しそうな孤独の中で、叫び声すら上げられず蹲り、ただただまだ生かされているだけだと云う現実に恐怖しながら、いつ打ち切られて死刑宣告されるのかと怯え続ける自分が、想像出来てしまう…。 ・・・確かに永続性があるものなのかは甚だ疑問で、打ち切られるのではないか?・・・とする不安と恐怖は絶えずつきまとってしまいますよね・・・。
> そんな、終わりの無い震えを感受して、生かされていく自身と、 > このまま、何も考えられず、ただ家族に捨てられる日を待つ今。 > > 臆病な私には、そのどちらを選ぶ事も、出来ない。 ・・・苦しいこととは思いますが、それでもいずれ決断することは避けられませんよね・・・。様々な可能性を考慮に入れたうえで、考えつく「最善の方法」をセプトさんなりに選んでいかなければならないと思うのです。「最善の方法」と申しましたのも、ただどちらか一方の結論ありきにしてしまわれるのではなく、どちらかを選んでもそこに最善の方法を肉付けしていく方向で考えていけば、ただ単にこちらの方法しか選択肢がない・・・ということはなくなると思うのです。それだけに思いつく限りの方法を考え抜いていく努力が求められるところですが・・・。
> 人との繋がりの薄い昨今、どんなに人との繋がりを求め、 > 動いたとしても、その結果はきっと、「嫌な顔」なのでしょう…。 > > 例えば、人恋しく思い、ただ公園でぼうっとしている。 > 賑やかに笑い、駆ける子供たちを、学校を眺め、寂しさを紛らわせる。 > ただそれだけの、ささやかな思いすら、周囲には、子供たちの保護者様には、「不審者」としてしか見られず、遠ざけられてしまうでしょう。 > これは、被害妄想と云う訳ではなく、過去に経験した事です。 > 私には、そうやって寂しさを紛らわせる事すら、許して貰えなかった。 > 私の行動は、人の迷惑にしかならないのだと云う、現実だけが、 > 残りました。 ・・・今のご時世と言おうか、ふとしたことでも周りの「不審の目」からは逃れることができなくなってしまいましたよね・・・。防犯カメラがありとあらゆる場所に設置されていることも然り・・・ですよね。なし崩し的に「孤独」に向かうように世の中が進んでいるというか、どんどん「狭い枠」だけの人間関係へと追いやられて、その中での密接なつながりだけにとどまってしまっているように感じられますよね・・・。
ただ、それもあくまで一部分の「迷惑」であり、それをすべてに見なす必要はないと思います。こうした場でのつながりも、「リアル」には程遠いかもしれませんが、セプトさんの寂しさを紛らわせるにあたっての一つの場にはなりませんか?
> 私は、怖いです。 > 保護と云う名の、恐怖の中で、孤独に生きる事が。 > 私は、怖いです。 > 祖父がいなくなった瞬間、私の居場所が何処にも無くなり、家族に捨てられるだろう事が、判っている…、理解出来てしまう事が。 保護を受けて物理的に家族と離れてしまおうと、たまには訪ねてもらったりのつながりは難しいものでしょうか?祖父母の件での「裏切り」(・・・とセプトさんが思い込まれている部分)に関して、ご家族で話し合われたことはおありでしょうか?
・・・なんとなく雰囲気的にそう思われているだろう・・・ということであれば、はっきりと他の家族の考えを聞き出してみることも必要だと思います。聞き出すことで「死刑宣告を受けるようで恐ろしい」との気持ちもおありかと思いますが、どちらにせよ理解しあえずに決別するように感じられるならば、はっきりした気持ちを聞き出しておいた方がまだ納得感も得られるのではないでしょうか?そのうえでセプトさんがその当時から現在にかけて感じておられた本音をお伝えするなど。それが赤の他人との関係と一線を画した「家族」というものの関係なのではないでしょうか? > 痛みには、耐えられる。 > 苦痛なんて、今までに嫌と云うほど受けて来たから。 > そんなものは、もう私には日常で、例え腕が捻じ切られたとしても、 > きっとそれも、私には日常的な痛みとして受け入れ、それほど気にならないでしょう。 > 今も、両膝の骨が、神経を擦り、欠けた欠片が欠陥や筋の間に入り、痛みが絶えない。 > だけど、その痛みですら、既に10年近く共にある日常です。 > 私には、生きる上である当然のものとなっています。 肉体的な苦痛にはある意味「自罰」として受け入れておられるので、耐えられるのでしょうね・・・。ただ、我慢をしすぎることなくひどい時には医者にかかってくださいね。 > けれど、孤独感は、いつ打ち切られるかと云う恐怖感は、きっと…長くは耐えられないでしょう…。 > パソコンで気を紛らわせ、考えないようにする事で、孤独には、何とか目を逸らせていますが、生活保護の中で、それは出来ないと思います。 > 限られたお金で、電気代を気にしながら、パソコンで目を逸らすなど > 出来ないでしょう。 > 電気代を気にしてしまう、考えてしまう度に、恐怖を覚え、孤独を見、 > 震えてしまう。 > 誰か、話し相手と云いますか、傍にそういった方が、一人でも居れば、 > 違うと思います。 > が、現状、私にはそんな人は一人として居ない。 > 求めても、ただ眺め見るだけだとしても、許されない。 ・・・生活保護に関しては、限りがありますので確かにパソコンなど自由にはできないですよね・・・。一応、そのことに関しても役所に意見を求めてみてはいかがでしょうか?「生き甲斐」に関して言及されれば 、それほどむげにされることはないように思うのですが・・・。あるいは自立に向けて「パソコンを用いて在宅ワークなどにつなげる」などをお伝えすることで、受け入れてもらえるようにも思うのですが・・・。
または同じ症状の方との意見交換をする場・グループなどが病院にあれば、パソコンを使わずともお互いに理解しあえる交流ができるようにも思えるのですが。
> 多分、よしおさんは、私の事を理知的、と見てくださっているのでしょうが、それはきっと、違うのです。 > 私は、自分を客観的に捉えて、周りを見て、諦観を以って、理解する変わりに、私は、深い思考を放棄し、自らを嘲るように識る事で、自らを出来の悪い物語であるかのように捉えて、笑う。 > > だからこそ、私の口癖は「愉快だね」となってしまったのです。 > 私は、自分の事である限り、どんな痛みも、苦しみも、悲しみも、 > 全て、滑稽で、出来の悪い、ただの喜劇としてみているのです。 > そうやって、私は私自身を哂い、滑稽な道化として見ています。 > そうして、私はもう何年も、死んでいません。 > > それを理解しながら、哂い、愉快だとしてしまう私は、もう既に狂っているのでしょう。 > 狂いながら、狂う事を理解して、哂い、涙だけを流しながら、哂う。 > 愉快だと、口にしながら。 ・・・いわゆる「過酷な現実と向き合うことを、自らを貶めることで中和させようとする」・・・といったところでしょうか?ある種の心理的な防衛機制ですよね。そのことでセプトさんの心が傷つかぬように守られておられるのならば、その手段も決して悪いことではないと思うのです。・・・ただ、そのことでセプトさんが自虐的になって自らを苦しめてしまうのであれば問題ですが・・・。
> 確かに、よしおさんのお話は、私に届きました。 > 考えさせられました。 > そのお話は、私にはまだ、想像でしかなかった。 > けれど、よしおさんの実体験を知り、私の想像していた先と繋がる > ものだと、先を観る事が出来ました。 > 例えそれが、光の無い道だったとしても、無知に進むよりは良い事なのでしょう。 > ただ、今の私には、保護と云う恐怖を受け入れる勇気は、持てそうにありません。 > これから先、どうなるのかは判らないですが、きっと私は、独りとなるのでしょう。 > それだけは、どんな結果になったとしても、変わらず、先にあり続けるのでしょうね。 確かにおっしゃる通りなのですが、一つ言えることがあるとすれば「気持ち」とはいつでも変遷し続けるものなのです。決して一生涯同じような気分を持ち続けるものではありません。ですので、そうした諦観もある時突然激変して、何らかの取り組み意欲が向上してくることだってあるわけです。・・・そのように絶えず移り変わりがあってこその人生・・・と言えるのではないでしょうか?
|
No.7に対する返信 ( No.8 ) |
- 日時: 2012/07/29 21:34 (dion)
- 名前: セプト
- こんばんは。
> セプトさんのペースで全然構いません。負担にならぬようになさっていただければ・・・と思います。 有難う御座います。
> ・・・なんとなく雰囲気的にそう思われているだろう・・・ということであれば、はっきりと他の家族の考えを聞き出してみることも必要だと思います。聞き出すことで「死刑宣告を受けるようで恐ろしい」との気持ちもおありかと思いますが、どちらにせよ理解しあえずに決別するように感じられるならば、はっきりした気持ちを聞き出しておいた方がまだ納得感も得られるのではないでしょうか?そのうえでセプトさんがその当時から現在にかけて感じておられた本音をお伝えするなど。それが赤の他人との関係と一線を画した「家族」というものの関係なのではないでしょうか?
以前に、話し合った事もあるのです。 その時に、云われてしまったのです。 私は、自分で今を選んだんだから。と。 確かに、私は当時幼かった。 考え方が、まだまだ未熟で、祖母を見捨てた親を、助けようとすらしてくれない周りを嫌い、自分は違うと、祖母を見捨てないと云い、生きようとしていました。 高校にも行かず、そのまま働けるように、雇ってくれる所を探して、見つけて、後はもう、卒業と同時に働き始める。 そのはずだった。 けれど、私は卒業の数週間前に高熱を出し、それが一週間以上続き、 鼻血が抜けて、その血が止まらず、500ml.のペットボトル半分ほどになる血を流してしまい、あまりにおかしいと病院に担ぎ込まれた時、 私はもう、白血球も、赤血球も、血小板も、人の1割以下の値だったそうです。 ウイルスが骨髄に入り込み、骨髄を破壊。 血液が造れない状態で、意識も殆どありませんでした。 ただ、死ねない。 祖母に恩を返したい。 私を家族として見てくれた、思ってくれたから。 だから、医者が病室で家族に、覚悟をと話していた時ですら、 私は諦めずに、生き汚くても、しがみついた。 その結果、私は、こんな不自由な身体ながらも、生きる事が出来ました。 けれど、その後が、上記で話しました通りです。
こんな身体になり、人に騙されたり、裏切られるばかりでした。 そのおかげなのでしょう。 働こうにも、騙されて働けなかった。 無理を押してアルバイトをしてみても、続けられなかった。 そんな経験があったからこそ、働く事の難しさを知りました。 身体が不自由になったからこそ、私は自分の限界を知れた。 親に、家族に、感謝をする事は出来なくても、 恨む気持は、無くなりました。
だから、私は親と向き合い、話をしようと云う気になれた。 けれど、私は受け入れられなかった。 自分で離れて、自分で選んだんだからと。 言にはしなくても、自分達は母の面倒だけで手一杯だ、 お前の面倒まで見る余裕は無い。 そう、遠回しに示されました。
冷たい、そう感じもします。 けれど、私はもう一方で、仕方ないとも理解できています。 私はずっと、「家族」では無かったのですから。 突然、身体が悪くなったからって、和解を求め、助けろと云われても、 今までずっと、家族ではなかったものを、また家族として 向かえるなど、虫が良過ぎる話なのでしょう。 だから私は、そんな、親や姉達に対しては、諦観ではありますが、 仕方ない事なのだと、これは私の自業自得による結果なのだと、 理解しているのです。 その上で、嫌々でも、義理だけででも、世間体だろうとも、 少しでも手を貸してくれている事に、感謝しています。
ですから、きっと、生活保護を受けた瞬間に、もう、連絡も何も、 なくなってしまうのでしょうと、判っているのです。
> 肉体的な苦痛にはある意味「自罰」として受け入れておられるので、耐えられるのでしょうね・・・。ただ、我慢をしすぎることなくひどい時には医者にかかってくださいね。
医者はお金の問題があるから、もう何年も通ってません。 血液の方が安定した今、足はもう見込みが無いのですから、 痛み止めだの、診察だのをしても、無駄にお金をかけるだけですから。
> ・・・生活保護に関しては、限りがありますので確かにパソコンなど自由にはできないですよね・・・。一応、そのことに関しても役所に意見を求めてみてはいかがでしょうか?「生き甲斐」に関して言及されれば > 、それほどむげにされることはないように思うのですが・・・。あるいは自立に向けて「パソコンを用いて在宅ワークなどにつなげる」などをお伝えすることで、受け入れてもらえるようにも思うのですが・・・。 > > または同じ症状の方との意見交換をする場・グループなどが病院にあれば、パソコンを使わずともお互いに理解しあえる交流ができるようにも思えるのですが。
きっと、それは難しいでしょうね…。 生活保護を受ける分際で、生き甲斐だの何だのと、我侭が認められるとも思えないです。 警察も役所も、利にならなければ動かない気がするのです。
> ・・・いわゆる「過酷な現実と向き合うことを、自らを貶めることで中和させようとする」・・・といったところでしょうか?ある種の心理的な防衛機制ですよね。そのことでセプトさんの心が傷つかぬように守られておられるのならば、その手段も決して悪いことではないと思うのです。・・・ただ、そのことでセプトさんが自虐的になって自らを苦しめてしまうのであれば問題ですが・・・。
少し、違うと思います。 私は多分、現実を、第三者として観て、滑稽に、喜劇として 受け止める事で、非現実として認識しているんでしょうね。 現実を、非現実として観て、諦観に哂い、喜劇として現状を理解する。 それを理解しても、それが非現実であるから、哂う。 またか。と、愉快だねと、哂うんです。
> 確かにおっしゃる通りなのですが、一つ言えることがあるとすれば「気持ち」とはいつでも変遷し続けるものなのです。決して一生涯同じような気分を持ち続けるものではありません。ですので、そうした諦観もある時突然激変して、何らかの取り組み意欲が向上してくることだってあるわけです。・・・そのように絶えず移り変わりがあってこその人生・・・と言えるのではないでしょうか?
それは、経験からも理解しています。 物事は常に、一面性として私に映ります。 けれど、それは私からの一面であり、人からの一面ではない。 一つの事柄には、幾つもの見え方、捉え方があり、答えがあります。 その一面は、見る角度(視点)、心持、 外から差し込む光加減(他者からの影響)で、変わるでしょう。 ですから、「今の私には」なのです。 これから先、変わる事も在るのかも知れません。 しかし、それは変化によってもたらされる事でしょう。 それが、光加減(他者)と云う出会いなのか、時間によって変わる、 私自身の思いなのかは、わかりません。 ただ、変化とは、いいものばかりと云う訳でもなく、どのような 変化となるのかは判らない。 ただ、今回、よしおさんとのお話で、私にも多少なりにもの変化は あったのだと思います。 漠然として想像でしかなかった先を、よしおさんの経験と云う フィルターによって、観せて貰えました。 それが、例え暗い道だったとしても、漠然とした想像と云う、不確かな 不安よりは、良かったのだと思います。 歩むにしても、このまま終わりを待つにしても、 暗くても、先を観れたからこそ、歩む場合に、覚悟を持って進めるのでしょう。 漠然とした恐怖ではなく、覚悟で。 ですので、私はよしおさんの、正直な思いを聞かせて頂けた事は、 私にとっては、プラスであったのだろうと認識、感謝しております。 よしおさんにしてみれば、嫌な話をさせてしまったのかも知れません。 私のような者の、嫌な話を聞かせたのかも知れません。
ですので、有難う御座います。 そう、心よりお伝えしたいです。
|
No.8に対する返信 ( No.9 ) |
- 日時: 2012/07/30 20:51 (dion)
- 名前: よしお
- こんばんは。
> 以前に、話し合った事もあるのです。 > その時に、云われてしまったのです。 > 私は、自分で今を選んだんだから。と。 > 確かに、私は当時幼かった。 > 考え方が、まだまだ未熟で、祖母を見捨てた親を、助けようとすらしてくれない周りを嫌い、自分は違うと、祖母を見捨てないと云い、生きようとしていました。 > 高校にも行かず、そのまま働けるように、雇ってくれる所を探して、見つけて、後はもう、卒業と同時に働き始める。 > そのはずだった。 > けれど、私は卒業の数週間前に高熱を出し、それが一週間以上続き、 > 鼻血が抜けて、その血が止まらず、500ml.のペットボトル半分ほどになる血を流してしまい、あまりにおかしいと病院に担ぎ込まれた時、 > 私はもう、白血球も、赤血球も、血小板も、人の1割以下の値だったそうです。 > ウイルスが骨髄に入り込み、骨髄を破壊。 > 血液が造れない状態で、意識も殆どありませんでした。 > ただ、死ねない。 > 祖母に恩を返したい。 > 私を家族として見てくれた、思ってくれたから。 > だから、医者が病室で家族に、覚悟をと話していた時ですら、 > 私は諦めずに、生き汚くても、しがみついた。 > その結果、私は、こんな不自由な身体ながらも、生きる事が出来ました。 > けれど、その後が、上記で話しました通りです。 そうでしたか・・・。すでにご家族とお話しされたうえでの結果であるのならば・・・どこかで受け止めなくてはなりませんね・・・。いかに血のつながった家族とはいえど、お互いに分かり合えない部分もどうしても出てきてしまいますよね・・・。ただ、それだからとアプローチをとることなど「すべてをあきらめた時点」で本当にすべてを失ってしまうと思います・・・。
セプトさんの本当のお気持ちはどこにありますか?「これからも家族とつながりを持っていきたい!」・・・と心の底より願われるならば、たとえ対面ではないとはいえど、ご自分からなんらかの連絡手段を講じる努力が必要になってくると思います。そのような必死な姿勢を見せても突き放すような冷徹な家族であるのならば、そのような者たちとの関係性維持などこちらから願い下げ!・・・で十分ではないでしょうか?
また、セプトさんのお抱えの症状が「難病指定」で認められるのであれば治療費を得られるとも思うのですが、難しいのでしょうか?(指定されている難病と類似性の高い病状だと伺いましたが・・・。また、おっしゃるように「治療にこだわりはない」とのことでしたら、スルーしてください)
> こんな身体になり、人に騙されたり、裏切られるばかりでした。 > そのおかげなのでしょう。 > 働こうにも、騙されて働けなかった。 > 無理を押してアルバイトをしてみても、続けられなかった。 > そんな経験があったからこそ、働く事の難しさを知りました。 > 身体が不自由になったからこそ、私は自分の限界を知れた。 > 親に、家族に、感謝をする事は出来なくても、 > 恨む気持は、無くなりました。 > > だから、私は親と向き合い、話をしようと云う気になれた。 > けれど、私は受け入れられなかった。 > 自分で離れて、自分で選んだんだからと。 > 言にはしなくても、自分達は母の面倒だけで手一杯だ、 > お前の面倒まで見る余裕は無い。 > そう、遠回しに示されました。 > > 冷たい、そう感じもします。 > けれど、私はもう一方で、仕方ないとも理解できています。 > 私はずっと、「家族」では無かったのですから。 > 突然、身体が悪くなったからって、和解を求め、助けろと云われても、 > 今までずっと、家族ではなかったものを、また家族として > 向かえるなど、虫が良過ぎる話なのでしょう。 > だから私は、そんな、親や姉達に対しては、諦観ではありますが、 > 仕方ない事なのだと、これは私の自業自得による結果なのだと、 > 理解しているのです。 > その上で、嫌々でも、義理だけででも、世間体だろうとも、 > 少しでも手を貸してくれている事に、感謝しています。 > > ですから、きっと、生活保護を受けた瞬間に、もう、連絡も何も、 > なくなってしまうのでしょうと、判っているのです。 「頼る」とか「助けを求める」という考えでの付き合いは、確かに相手方に対して「重い気持ち」を植えつけてしまうと思います・・・。すでに話し合いは持たれたうえであることは重々承知しているのですが、それを抜きに「純粋に家族としてのつながりを維持したい」と願われることに対しても、抑圧されてしまうものでしょうか?・・・たとえ嫌々でも、義理だけででも、世間体だろうとも、そうした部分は多少なりともあるかもしれませんが、セプトさんの方からは相手方のことはそれほどまでに信頼に値しないのでしょうか?・・・セプトさん側が自らの振る舞いで・心持で相手方の気持ちを遠ざけてしまっている・・・ということはありませんか?
> きっと、それは難しいでしょうね…。 > 生活保護を受ける分際で、生き甲斐だの何だのと、我侭が認められるとも思えないです。 > 警察も役所も、利にならなければ動かない気がするのです。 ・・・幼いころの警察の理不尽な対応が今なお尾を引いておられるお気持ちも理解できなくはありません。であれば、ダメ元で聞いてみての結果如何で考えてみてはいかがでしょうか?「否定的な結論ありき」で何もしないでおられても本当に何も変わりません。実際に言葉にするかしないかでの結論の変遷はいくらでもあると思います。 > 少し、違うと思います。 > 私は多分、現実を、第三者として観て、滑稽に、喜劇として > 受け止める事で、非現実として認識しているんでしょうね。 > 現実を、非現実として観て、諦観に哂い、喜劇として現状を理解する。 > それを理解しても、それが非現実であるから、哂う。 > またか。と、愉快だねと、哂うんです。 ・・・それも上記同様、「否定的な結論ありき」でまず頭が占められ、その現実を受け入れることに恐怖されることで、あえて傍観者的に理解をして、無意識のうちにセプトさんが心に受ける傷を浅くしようとそうした解釈をすることが、長年の繰り返しによって強化されていったのではないでしょうか?
> それは、経験からも理解しています。 > 物事は常に、一面性として私に映ります。 > けれど、それは私からの一面であり、人からの一面ではない。 > 一つの事柄には、幾つもの見え方、捉え方があり、答えがあります。 > その一面は、見る角度(視点)、心持、 > 外から差し込む光加減(他者からの影響)で、変わるでしょう。 > ですから、「今の私には」なのです。 > これから先、変わる事も在るのかも知れません。 > しかし、それは変化によってもたらされる事でしょう。 > それが、光加減(他者)と云う出会いなのか、時間によって変わる、 > 私自身の思いなのかは、わかりません。 > ただ、変化とは、いいものばかりと云う訳でもなく、どのような > 変化となるのかは判らない。 > ただ、今回、よしおさんとのお話で、私にも多少なりにもの変化は > あったのだと思います。 > 漠然として想像でしかなかった先を、よしおさんの経験と云う > フィルターによって、観せて貰えました。 > それが、例え暗い道だったとしても、漠然とした想像と云う、不確かな > 不安よりは、良かったのだと思います。 > 歩むにしても、このまま終わりを待つにしても、 > 暗くても、先を観れたからこそ、歩む場合に、覚悟を持って進めるのでしょう。 > 漠然とした恐怖ではなく、覚悟で。 > ですので、私はよしおさんの、正直な思いを聞かせて頂けた事は、 > 私にとっては、プラスであったのだろうと認識、感謝しております。 > よしおさんにしてみれば、嫌な話をさせてしまったのかも知れません。 > 私のような者の、嫌な話を聞かせたのかも知れません。 > > ですので、有難う御座います。 > そう、心よりお伝えしたいです。 ・・・こちらも押しつけがましい失礼な文面でセプトさんを傷つけてしまったかもしれず、心よりお詫びいたします。ただ、セプトさんのように物事に分別をつけられる方には、本当に良い方向で人生が巡っていってほしいと心より願うばかりです。
セプトさんとしてみればもしかしたら御免こうむることなのかもしれませんが、自分(よしお)としましてはこれからもいろいろお話しさせていただき、自分(よしお)にとっても、これからの人生においてのご教示をいただくことを願ってやみません。もし可能であれば、今後ともお話しさせていただければ・・・と思います。意に染まないようであればもちろんスルーしていただいて構いませんので。ひとまず、いろいろとお話しさせていただきありがとうございました。
|
Re: 判らない恐怖 ( No.10 ) |
- 日時: 2012/07/30 22:58 (dion)
- 名前: セプト
- こんばんは。
> また、セプトさんのお抱えの症状が「難病指定」で認められるのであれば治療費を得られるとも思うのですが、難しいのでしょうか?(指定されている難病と類似性の高い病状だと伺いましたが・・・。また、おっしゃるように「治療にこだわりはない」とのことでしたら、スルーしてください)
血液の方は、もう安定していますから、そこまで深刻ではないのです。 ただ、人よりも免疫が低く、病気になり易い。 骨髄も、完全に全てが破壊されているのではなく、多分、今は 治療のおかげもあり、半壊と云う所なんでしょう。 だから、今はもう、人よりも病気になり易い程度で、前のように 風邪一つがそのまま命に関わってしまう状態でもないのです。 これを完全に完治とさせるなら、今は薬学では難しいのでしょう。 そして、その方法は骨髄移植と云う手段になってしまうのです。 しかし、今はもう安定していますので、ここで骨髄移植と云う、 最悪、命に関わってしまう危険を犯してまで、完全な完治を 望む気は無いのです。
また、両足の問題は、この血液とは別個のものとして見なされてしまいます。 確かに、ステロイドの服用は骨にも影響を与えます。 服用した期間もそれなりに長く、その影響があっただろう事は 可能性としてはあるのでしょう。 しかし、病院側は、それを副作用によるものである。 と云う言を私にはしませんでした。
それが、何か問題に繋がる可能性があるからなのか、 それとも、本当に副作用とは無関係なのか、 それは、私には判りません。 ただ、私はその可能性が強い。と感じていると云うだけなのです。
追記として。 私の骨の状態は、60歳ほどの老人が訴えるような症状であるそうです。 私は、その話を聞かされた時、まだその半分も生きていない歳でした。 だから、私は薬の副作用だろうと、考えていると云うだけなのです。
> 「頼る」とか「助けを求める」という考えでの付き合いは、確かに相手方に対して「重い気持ち」を植えつけてしまうと思います・・・。すでに話し合いは持たれたうえであることは重々承知しているのですが、それを抜きに「純粋に家族としてのつながりを維持したい」と願われることに対しても、抑圧されてしまうものでしょうか?・・・たとえ嫌々でも、義理だけででも、世間体だろうとも、そうした部分は多少なりともあるかもしれませんが、セプトさんの方からは相手方のことはそれほどまでに信頼に値しないのでしょうか?・・・セプトさん側が自らの振る舞いで・心持で相手方の気持ちを遠ざけてしまっている・・・ということはありませんか?
そう、ですね…。 病気であり、欝も酷い母を抱えての生活ですから、精神的にでも、 頼ってしまう前提である、私の甘えなのですよね。 そして、家族として繋がりを求めても、それは、姉達には、負担に なってしまう。 母は、私の事をお兄ちゃんと呼び、慕ってくれますが、 母は私に甘えると云いますか、頼る傾向にあり、それが病気にも、 欝の治療的にも、日々の生活にも、良い事ではないのです。 その度に、姉達が苦労を重ね、母を落ち着かせてきている事を知って いますから…。 私が、寂しさから、無理を押して会いに行った度に、母は興奮して 不安定となっていました。 そう云った理由もあり、私は姉達に対して、負い目もあります。 私は、姉達にとっては、日常を脅かす害悪でしかないのだろうと、 思います。
> ・・・幼いころの警察の理不尽な対応が今なお尾を引いておられるお気持ちも理解できなくはありません。であれば、ダメ元で聞いてみての結果如何で考えてみてはいかがでしょうか?「否定的な結論ありき」で何もしないでおられても本当に何も変わりません。実際に言葉にするかしないかでの結論の変遷はいくらでもあると思います。
確かに、そうですね…。 私もまだまだ、精神的に幼いようだと、思い知らされました。 確かに、否定的視点を先に置けば、始まるものも始まりません。 そんな事、自分でも判っているつもりでしたが、まだまだのようです。 ご指摘、有難う御座います。
> ・・・こちらも押しつけがましい失礼な文面でセプトさんを傷つけてしまったかもしれず、心よりお詫びいたします。ただ、セプトさんのように物事に分別をつけられる方には、本当に良い方向で人生が巡っていってほしいと心より願うばかりです。
買い被りだと思いますよ。 私は、そこまでの分別は無いと思います。 感情的で、直情的で、極端で。 そして、私は壊れ、狂っている人間です。 これは、卑下でも、大げさでもないんです。 私は、小さな頃からずっと、祖母を守る為に、身体を鍛えて、 毎晩のように暴れる祖父に向かってました。 それこそ、殺し合いだったんです。ずっと。 祖母は、末期の胃がんで、胃をほぼ全摘出していました。 祖母は、毎日のように、ゴミ箱へ血を吐き出していました。 赤い血、黒い血、口から垂れ下がる朱色の唾。 その度に、涙ながらに、死にたい、辛い、嫌だ、情けない。 そう、云っていました。 私は、そんな祖母を見ながら、毎晩のように暴れる祖父と、 掴み合ってました。 祖父を説得しながら、泣きながら、止めてました。 けれど、それも意味は無かった。 毎日のように、血を吐く祖母を前に、私は覚悟しました。 まだ幼い、小学3年で、祖父を殺したとしても守ろうと。 それからは、私は学校ででも、休憩時間中は誰も居ない後者裏に行って 壁を殴り、拳を硬く、鍛えていました。 夜は電柱を殴り、蹴り、木材やノミ、かなづちを振り回す祖父を イメージして、どうやって避けるか、どうやって受けるか、 どうやって殴れば、力の無い自分でも、祖父を動けなくさせられるか。 そればかりを考えて、テレビを見たり、映画を見たり、 アニメを見たり。 自分ででも出来る動きは無いか、技は無いかと、色々自分で試したり。 本当に威力があるのかと、自分の身体で、その痛みを確かめたり しながら、私は常に実践的な戦い方、相手の倒し方、抑え方、殺し方を 覚えたのです。 それでも、私はまだ覚悟も弱く、中途半端だった。 簡単に、包丁を使えば終わるのに、それを判っていながら、 私は、無力化する方法を選んだ。 これは、私の甘さなのでしょうと、考えてます。 同時に、私は、その甘さのある自分を、嫌いではない。 同時に、そんな甘さを認めてしまう、自分が嫌いでした。
常に、一瞬で判断して、最悪を回避し、可能性の高い最善を選ぶ。 それをしなかったら、出来なかったら、私も、生きてなかった。
私には、学は無く、教養も無いです。 未だに、小学生の分数すら、理解しきれては無いです。 常識も無いです。 全ては、私の異常と見なされるだろう経験から来る、 状況の分析と把握、確率から動いているだけなのです。 そこに、法律は介在していません。 助けを必要とした時に、誰も助けてくれない事を理解していますから。 ですから、私は状況によっては、人を殺す事にも、躊躇いが無く、 機械の様な、狂っている人間である事を知っています。 私は、そんな大層な人間ではないのです。
私を、出来た人間のように思わないで下さい。 その思いが、私には辛いです…。 よしおさんを騙しているようで、辛いのです。 こんな、壊れたものを、過信しないで下さい。
> セプトさんとしてみればもしかしたら御免こうむることなのかもしれませんが、自分(よしお)としましてはこれからもいろいろお話しさせていただき、自分(よしお)にとっても、これからの人生においてのご教示をいただくことを願ってやみません。もし可能であれば、今後ともお話しさせていただければ・・・と思います。意に染まないようであればもちろんスルーしていただいて構いませんので。ひとまず、いろいろとお話しさせていただきありがとうございました。
はい。 私も、ここの掲示板は拝見していこうと思っていますので、 お話をする機会があれば、こちらこそ、お願いします。 私の方こそ、長々とお付き合い頂き、有難う御座いました。
追記: 今は、祖父を殺さなかった事は、良かったと思っています。 祖母が他界し、その時から、祖父はお酒を呑まなくなりました。 祖父は、祖母の死に涙し、自分に後悔をしたようでした。 確かに、それは手遅れでしかないもので、償いにもなりません。 けれど、それでも、祖母の死に涙を流した。 それは、祖母を少なからず愛していたからなのでしょう。 だから、私は祖父を許すとは云えませんが、憎む事は、辞めました。 許しは出来ない。けれど、許しました。 おかしな文章ですが、私は、今は祖父を憎んではないのです。
ただ、一つだけ、どうしても許せなく、憎んでいるものがあります。 それは、選挙です。 祖父が荒れ続けた原因。 それは、とある党員だったからです。 選挙が上手くいかない。世間に認めて貰えない。 悔しさ、憤り、遣る瀬無さ。 その思いが、私の家族を壊した。 家庭を崩壊された。 祖母を、血反吐を吐くまでに、追い詰めた。
私は、選挙や、政治と言ったものが、大嫌いです。
|
No.10に対する返信 ( No.11 ) |
- 日時: 2012/07/31 20:16 (dion)
- 名前: よしお
- こんばんは。
> 血液の方は、もう安定していますから、そこまで深刻ではないのです。 > ただ、人よりも免疫が低く、病気になり易い。 > 骨髄も、完全に全てが破壊されているのではなく、多分、今は > 治療のおかげもあり、半壊と云う所なんでしょう。 > だから、今はもう、人よりも病気になり易い程度で、前のように > 風邪一つがそのまま命に関わってしまう状態でもないのです。 > これを完全に完治とさせるなら、今は薬学では難しいのでしょう。 > そして、その方法は骨髄移植と云う手段になってしまうのです。 > しかし、今はもう安定していますので、ここで骨髄移植と云う、 > 最悪、命に関わってしまう危険を犯してまで、完全な完治を > 望む気は無いのです。 ・・・そうですよね。完治の見込みもなく最悪、悪化させてしまう懸念もあるのならば、現状維持で悪くならないように様子を見ていくほかありませんね・・・。医学の進歩によってこれからにおいてより高度な治療へと移り変わっていく可能性もあるわけですし。
> また、両足の問題は、この血液とは別個のものとして見なされてしまいます。 > 確かに、ステロイドの服用は骨にも影響を与えます。 > 服用した期間もそれなりに長く、その影響があっただろう事は > 可能性としてはあるのでしょう。 > しかし、病院側は、それを副作用によるものである。 > と云う言を私にはしませんでした。 > > それが、何か問題に繋がる可能性があるからなのか、 > それとも、本当に副作用とは無関係なのか、 > それは、私には判りません。 > ただ、私はその可能性が強い。と感じていると云うだけなのです。 > > 追記として。 > 私の骨の状態は、60歳ほどの老人が訴えるような症状であるそうです。 > 私は、その話を聞かされた時、まだその半分も生きていない歳でした。 > だから、私は薬の副作用だろうと、考えていると云うだけなのです。 ・・・強い薬はどうしても副作用の懸念がぬぐえなくなってしまいますよね・・・。病院側もはっきりと伝えてくれないのであれば、信頼も揺らいでしまいますよね・・・。
> そう、ですね…。 > 病気であり、欝も酷い母を抱えての生活ですから、精神的にでも、 > 頼ってしまう前提である、私の甘えなのですよね。 > そして、家族として繋がりを求めても、それは、姉達には、負担に > なってしまう。 > 母は、私の事をお兄ちゃんと呼び、慕ってくれますが、 > 母は私に甘えると云いますか、頼る傾向にあり、それが病気にも、 > 欝の治療的にも、日々の生活にも、良い事ではないのです。 > その度に、姉達が苦労を重ね、母を落ち着かせてきている事を知って > いますから…。 > 私が、寂しさから、無理を押して会いに行った度に、母は興奮して > 不安定となっていました。 > そう云った理由もあり、私は姉達に対して、負い目もあります。 > 私は、姉達にとっては、日常を脅かす害悪でしかないのだろうと、 > 思います。 ・・・難しい問題なのですね・・・。お母様はセプトさんを求めておいでなのだけれども、鬱症状においては対面が良い結果に結びつかない・・。それでほかのご家族の方に迷惑をかけるように感じてしまわれるのですね・・・。対面が難しいようでしたら、電話などでお話をするだけでも同じような結果になってしまうのでしょうか?
・・・やはり「血のつながった家族」ゆえにお母様もセプトさんのことを求めておいでなのだと思います。そのお気持ちにお互いに嘘偽りはないはずです!お母様の症状が落ち着かれたときに・・・などの配慮は必要になるとは思いますが、お互いにまったくの断絶状態にしてしまうことはないように思います。そのお互いがお互いを求める確かなつながりだって、お互いが「生きる気力」に成り代わるはずですから。 > 確かに、そうですね…。 > 私もまだまだ、精神的に幼いようだと、思い知らされました。 > 確かに、否定的視点を先に置けば、始まるものも始まりません。 > そんな事、自分でも判っているつもりでしたが、まだまだのようです。 > ご指摘、有難う御座います。 出過ぎた真似を致しまして、申し訳ありません。・・・自分(よしお)自身、偉そうに人のことは言えずに、否定的視点によって「あきらめ」を先行させてしまいがちですので・・・。自分(よしお)もセプトさんとお話しさせていただいて、その悪癖を変えていかなければ・・・との思いを強くさせていただきました。どうもありがとうございます。
> 買い被りだと思いますよ。 > 私は、そこまでの分別は無いと思います。 > 感情的で、直情的で、極端で。 > そして、私は壊れ、狂っている人間です。 > これは、卑下でも、大げさでもないんです。 > 私は、小さな頃からずっと、祖母を守る為に、身体を鍛えて、 > 毎晩のように暴れる祖父に向かってました。 > それこそ、殺し合いだったんです。ずっと。 > 祖母は、末期の胃がんで、胃をほぼ全摘出していました。 > 祖母は、毎日のように、ゴミ箱へ血を吐き出していました。 > 赤い血、黒い血、口から垂れ下がる朱色の唾。 > その度に、涙ながらに、死にたい、辛い、嫌だ、情けない。 > そう、云っていました。 > 私は、そんな祖母を見ながら、毎晩のように暴れる祖父と、 > 掴み合ってました。 > 祖父を説得しながら、泣きながら、止めてました。 > けれど、それも意味は無かった。 > 毎日のように、血を吐く祖母を前に、私は覚悟しました。 > まだ幼い、小学3年で、祖父を殺したとしても守ろうと。 > それからは、私は学校ででも、休憩時間中は誰も居ない後者裏に行って > 壁を殴り、拳を硬く、鍛えていました。 > 夜は電柱を殴り、蹴り、木材やノミ、かなづちを振り回す祖父を > イメージして、どうやって避けるか、どうやって受けるか、 > どうやって殴れば、力の無い自分でも、祖父を動けなくさせられるか。 > そればかりを考えて、テレビを見たり、映画を見たり、 > アニメを見たり。 > 自分ででも出来る動きは無いか、技は無いかと、色々自分で試したり。 > 本当に威力があるのかと、自分の身体で、その痛みを確かめたり > しながら、私は常に実践的な戦い方、相手の倒し方、抑え方、殺し方を > 覚えたのです。 > それでも、私はまだ覚悟も弱く、中途半端だった。 > 簡単に、包丁を使えば終わるのに、それを判っていながら、 > 私は、無力化する方法を選んだ。 > これは、私の甘さなのでしょうと、考えてます。 > 同時に、私は、その甘さのある自分を、嫌いではない。 > 同時に、そんな甘さを認めてしまう、自分が嫌いでした。 > > 常に、一瞬で判断して、最悪を回避し、可能性の高い最善を選ぶ。 > それをしなかったら、出来なかったら、私も、生きてなかった。 > > 私には、学は無く、教養も無いです。 > 未だに、小学生の分数すら、理解しきれては無いです。 > 常識も無いです。 > 全ては、私の異常と見なされるだろう経験から来る、 > 状況の分析と把握、確率から動いているだけなのです。 > そこに、法律は介在していません。 > 助けを必要とした時に、誰も助けてくれない事を理解していますから。 > ですから、私は状況によっては、人を殺す事にも、躊躇いが無く、 > 機械の様な、狂っている人間である事を知っています。 > 私は、そんな大層な人間ではないのです。 > > 私を、出来た人間のように思わないで下さい。 > その思いが、私には辛いです…。 > よしおさんを騙しているようで、辛いのです。 > こんな、壊れたものを、過信しないで下さい。 ごめんなさい。セプトさんを苦しめるつもりで申したのではなかったのです・・・。ただ、そのような激動のさなかでセプトさんが限られた選択肢の中から思考を駆使して考え・実践してこられた中で、最善の思考・行動をとられたからこそ、今に至って大きな事件と化すことなく、やってこられたのだと思います。もしも本当に最悪の選択をされてきたのならば、このように振り返ることすらできなかったはずです。
その部分はご自分のことを責められずに、認めてあげてください。 また、セプトさんは「学」に関して言及されておられますが、頭の良し悪しとは必ずしも「勉強ができる」だけにとどまらないと思います。思考・決断・判断力・対応力・・・などなど、生きる上で必要な感覚をすでにセプトさんはご自身の激動の人生より多々、学んでこられたのだと思います。それらはこれから生きていく上においても決して無駄にはならないと思います。自分(よしお)がセプトさんのお考えに惹きつけられているのも、そうしたところによるものが大きいのだと思います。
> はい。 > 私も、ここの掲示板は拝見していこうと思っていますので、 > お話をする機会があれば、こちらこそ、お願いします。 > 私の方こそ、長々とお付き合い頂き、有難う御座いました。 ぜひ、よろしくお願い致します。セプトさんが身につけてこられた経験の数々は、必ずや多くの悩みや苦しみを抱えている方々の助力になると思います。また、自分(よしお)も学ばせていただきたいです! > 追記: > 今は、祖父を殺さなかった事は、良かったと思っています。 > 祖母が他界し、その時から、祖父はお酒を呑まなくなりました。 > 祖父は、祖母の死に涙し、自分に後悔をしたようでした。 > 確かに、それは手遅れでしかないもので、償いにもなりません。 > けれど、それでも、祖母の死に涙を流した。 > それは、祖母を少なからず愛していたからなのでしょう。 > だから、私は祖父を許すとは云えませんが、憎む事は、辞めました。 > 許しは出来ない。けれど、許しました。 > おかしな文章ですが、私は、今は祖父を憎んではないのです。 そのような心持へと変貌を遂げられたのも、様々な状況を受け入れてこられたセプトさんならではの器の大きさなのだと思います。そのような心持になれるのは誰にでもできることではないと思います。様々な苦難を着実に乗り越えてこられたセプトさんだからこそ、至った境地なのだと思います。
> ただ、一つだけ、どうしても許せなく、憎んでいるものがあります。 > それは、選挙です。 > 祖父が荒れ続けた原因。 > それは、とある党員だったからです。 > 選挙が上手くいかない。世間に認めて貰えない。 > 悔しさ、憤り、遣る瀬無さ。 > その思いが、私の家族を壊した。 > 家庭を崩壊された。 > 祖母を、血反吐を吐くまでに、追い詰めた。 > > 私は、選挙や、政治と言ったものが、大嫌いです。 ・・・そうだったのですね・・・。自分(よしお)のような素人でも、大変さはなんとなく感じ取れます。・・・場合によっては家族すらをも巻き込んで犠牲にしてしまうであろう、悪しき風習に感じられるのですね・・・。それにのめりこむことで、いつの間にやら「手元にある大切なもの」を見失ってしまったのでしょうか・・・?
|