No.0に対する返信 ( No.1 ) |
- 日時: 2014/09/08 10:38 (spmode)
- 名前: 華菜
- > なにごとにも動じない強い精神力を身につける為にはどういう訓練をしたらいいでしょう
私は仏教徒なんですが、普段からどんな困難が起きても絶対に逃げずに立ち向かうことにしていますよ。登山と同じで、困難という「山」を登って行けば、足は鍛えられますから。それと、「負けてたまるか!!」という強い意思を持つことですね。 > 普段の生活で実践されている方がいるでしょうか > 地味な方法で構わないです。 > ただ、体を痛めるようなことはせず、お金もあまり使わず…。 上で述べたような事を普段から実践しています。 私の場合は仏教徒なので、信仰活動で心を鍛えていますよ。 毎日の朝晩の勤行・唱題で生命力を高めています!
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Re: 精神力が弱い ( No.2 ) |
- 日時: 2014/09/08 11:18 (home)
- 名前: 華菜
- 軟弱物さん
私達の仏法の世界では「昨日よりも今日、今日よりも明日。瞬間瞬間、今が戦う時です。今、この時が、魔との闘争だからこそ、『つよる心』を忘れたら、魔が付け込んでくるのです。」とご指導されています。
人生、そまざまな思いもよらない事が沢山起きますよね?つらいこと、苦しい事、悲しい事、悔しい事、ムカつく事・・・・・ これらに堂々と立ち向かっていけるかが「試されている」と言っていいでしょう。乗り越えていけるかは、その人自身の「心の持ち方次第」となります。生きていれば、勝つと時もあれば、負ける時もあります。負けても構いません。次の戦いで勝利できればいいんです。人間は、不敗と勝利を繰り返して少しずつ、強くなっていくものです。 困難が立ちはだかって、「自分には無理そうだな」と思っても、一歩踏み出してしまえば、後は乗り越えるだけです。乗り越えてしまえば、また自信と力が付くので、それが生涯崩れない、誰にも奪えない生きて行く上での”武器”と”財産”になります。
人間には、『地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人界、天界、声聞界、縁覚界、菩薩界、仏界』という十界があります。
唱題で仏の命を涌現させるんですが、なかなか出て来ない時もありますよ苦笑。人の生命は、一瞬一瞬が違うので、信仰者である私ですら自分の感情をコントロールすることが難しいんですよね。
もし、わからない事があれば、聞いてください<m(__)m>
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Re: 精神力が弱い ( No.3 ) |
- 日時: 2014/09/08 14:19 (softbank126079025215.bbtec.net)
- 名前: 軟弱物
- 華菜さんありがとうございます
お答えの的はあっておりますが、一度少し補足説明いたします 簡単に申しますと、自己啓発の方法のご相談になります
具体的には人と接するお仕事で、どんな方と接するときも動じない心を持ちたい、そのための強い精神力を養いたい。技術云々の前にまず土台となる精神力として、その能力の底上げを行いたいということになります。
それを踏まえて、このあと頂いたコメントへお返事書いてまいります。
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No.1に対する返信 ( No.4 ) |
- 日時: 2014/09/08 15:05 (softbank126079025215.bbtec.net)
- 名前: 軟弱物
- 華菜さん
ありがとうございました
まずこちらから
> > なにごとにも動じない強い精神力を身につける為にはどういう訓練をしたらいいでしょう > 私は仏教徒なんですが、普段からどんな困難が起きても絶対に逃げずに立ち向かうことにしていますよ。登山と同じで、困難という「山」を登って行けば、足は鍛えられますから。それと、「負けてたまるか!!」という強い意思を持つことですね。
日ごろから強い意志をもって関わる行動することを心がけるということですね。 これはとても共感します。まったくそう思います。 ただ、そういう点で、これは意識して行う部分なので、既に十分に行えているところもございます。また、そういう気概だけで乗り越えてきた部分でもございます。人生既に折り返して生きておりますが、今の精神力が日ごろの意識だけで底上げされることは、そろそろ簡単には起きないかと考えてのご相談となっています。
> > 普段の生活で実践されている方がいるでしょうか > > 地味な方法で構わないです。 > > ただ、体を痛めるようなことはせず、お金もあまり使わず…。 > 上で述べたような事を普段から実践しています。 > 私の場合は仏教徒なので、信仰活動で心を鍛えていますよ。 > 毎日の朝晩の勤行・唱題で生命力を高めています!
> 私の場合は仏教徒なので、信仰活動で心を鍛えていますよ。
なるほど、信仰活動で朝晩の勤行・唱題で、根底の生命力を高めるという考え方があるのですね。そこには精神力も含むであろうと。
実は、仏教での教えや考え方は少し試していることもございます。座禅を指していますが、複式呼吸法での深い呼吸は自律神経を整えることで理にかなっていますし、「気持ちを整える」その意識を高める鍛錬として有効だと感じています。日常生活や勉強するときに、集中力も上がっていることで既に効果も実感したりしています。
信仰活動まで行うかは、正直な気持ちだと、あまり信仰心がないところもあり、宗教に頼ったり執着することへの抵抗もややあったりと、なかなかもう一歩踏み込めないところもあるかもしれませんが、今後検討してみたいと思います。
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No.2に対する返信 ( No.5 ) |
- 日時: 2014/09/08 16:20 (softbank126079025215.bbtec.net)
- 名前: 軟弱物
- 華菜さん
たくさんコメント頂きありがとうございました
私のはじめの掲載の言葉が足りなかったので、人生全体にお話をしていただいたので、かなり恐縮しております。ありがとうございます。
こちらは日ごろの実際の行動や実践で心がけたいことですね
> 私達の仏法の世界では「昨日よりも今日、今日よりも明日。瞬間瞬間、今が戦う時です。今、この時が、魔との闘争だからこそ、『つよる心』を忘れたら、魔が付け込んでくるのです。」とご指導されています。
ここはなにかわかる気がいたします。過ぎた過去より今を大事にし、見る位置は将来ということですよね。 ここは、自然と実行できているじゃないかと実感するところもあります。
> 人生、そまざまな思いもよらない事が沢山起きますよね?つらいこと、苦しい事、悲しい事、悔しい事、ムカつく事・・・・・ > これらに堂々と立ち向かっていけるかが「試されている」と言っていいでしょう。乗り越えていけるかは、その人自身の「心の持ち方次第」となります。生きていれば、勝つと時もあれば、負ける時もあります。負けても構いません。次の戦いで勝利できればいいんです。人間は、不敗と勝利を繰り返して少しずつ、強くなっていくものです。
失敗は失敗で受け止め、実践で少しずつ強くなっていく。 もっと踏み込みますと、その対象の行動で、いかに強い精神力を得るには、いかに実践をこなすかであろうと。 ここは、全く同じ考えで共感するところです。
> 困難が立ちはだかって、「自分には無理そうだな」と思っても、一歩踏み出してしまえば、後は乗り越えるだけです。乗り越えてしまえば、また自信と力が付くので、それが生涯崩れない、誰にも奪えない生きて行く上での”武器”と”財産”になります。
ここは、ごもっともです。そう思います。 私の場合、「無理そうだなぁ」という発想が実は起きなくて、はじめからできる前提で考え始めます。「無理そう」というプロセスが私の発想のなかになく、「一歩踏み出す」までのプロセスが存在します。 つまり、なにかをやりたいと思った場合、「どうやったらできるだろう」からスタートします(そういう意味だとそこの精神力はかなり強いのかもしれません。)。とっかかりを見つけ、そこから切り崩していく発想があり、やっている人がいる以上は、できないことは無いという発想があります。 なので、私にとってハードルが高いのは、だれもやったことがないことへのチャレンジですが、それでも分解してみるとひとつづつはどこかで誰かがやっていると捉え、その時点で「無理そうかなぁ」という発想には至らないし、やりたいと思っていると見つけるまであきらめないところがあります、そういう部分は私は精神力はかなり強いのかもしれません。
ここは、二つ前の回答でお書きした通りで、今鍛えたいというところは、「どんな方と接するときも動じない心を持ちたい」、もう少し具体的に書くと、相手の強い感情や気持ちを受け止めてあげることのできる精神力、これが鍛えたいところになります。
> 人間には、『地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人界、天界、声聞界、縁覚界、菩薩界、仏界』という十界があります。 > > 唱題で仏の命を涌現させるんですが、なかなか出て来ない時もありますよ苦笑。人の生命は、一瞬一瞬が違うので、信仰者である私ですら自分の感情をコントロールすることが難しいんですよね。
仏門へ入ることは希望していないので、前段のお話は受け流させていただきますが、感情のコントロールは今の私にとって目標の一つにあります。仏門に入っても難しいというコメントは、やはり精神力を人並み以上に鍛えるという事は、難しいことなのだなと感じるところでもあります。
最後に、こうやって、華菜のコメントをいただけたことで、あらためて認識できたことがあります。
普通の人より優れた能力を身につけるには、普通の人と同じ事をやっていてはダメで、+αの何かを行う必要がある。
既に無意識に行動している部分もあり、私の記憶の引き出しになかったわけではありませんが、あらためて意識してみようと思いました。
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No.3に対する返信 ( No.6 ) |
- 日時: 2014/09/08 16:31 (home)
- 名前: 華菜
- > 華菜さんありがとうございます
> > お答えの的はあっておりますが、一度少し補足説明いたします > 簡単に申しますと、自己啓発の方法のご相談になります 自己啓発ですか、私も高校、大学時代にそのような本を読みましたよ。
> 具体的には人と接するお仕事で、どんな方と接するときも動じない心を持ちたい、そのための強い精神力を養いたい。技術云々の前にまず土台となる精神力として、その能力の底上げを行いたいということになります。 なるほどですね。素晴らしいお考えです。人付き合いの中で、どうしても「この人とは合わない、苦手だ」と思って、心を閉ざしてしまう事ありますよね?でも、あなたは「どんな方と接するときも動じない心を持ちたい」というプラスな考えに、感動しました。凄いですね。 > それを踏まえて、このあと頂いたコメントへお返事書いてまいります。
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No.4に対する返信 ( No.7 ) |
- 日時: 2014/09/08 16:46 (home)
- 名前: 華菜
- > 華菜さん
> ありがとうございました > > まずこちらから > > > > なにごとにも動じない強い精神力を身につける為にはどういう訓練をしたらいいでしょう > > 私は仏教徒なんですが、普段からどんな困難が起きても絶対に逃げずに立ち向かうことにしていますよ。登山と同じで、困難という「山」を登って行けば、足は鍛えられますから。それと、「負けてたまるか!!」という強い意思を持つことですね。 > > 日ごろから強い意志をもって関わる行動することを心がけるということですね。 > これはとても共感します。まったくそう思います。 > ただ、そういう点で、これは意識して行う部分なので、既に十分に行えているところもございます。また、そういう気概だけで乗り越えてきた部分でもございます。人生既に折り返して生きておりますが、今の精神力が日ごろの意識だけで底上げされることは、そろそろ簡単には起きないかと考えてのご相談となっています。 > > > > 普段の生活で実践されている方がいるでしょうか > > > 地味な方法で構わないです。 > > > ただ、体を痛めるようなことはせず、お金もあまり使わず…。 > > 上で述べたような事を普段から実践しています。 > > 私の場合は仏教徒なので、信仰活動で心を鍛えていますよ。 > > 毎日の朝晩の勤行・唱題で生命力を高めています! > > > 私の場合は仏教徒なので、信仰活動で心を鍛えていますよ。 > > なるほど、信仰活動で朝晩の勤行・唱題で、根底の生命力を高めるという考え方があるのですね。そこには精神力も含むであろうと。 > > 実は、仏教での教えや考え方は少し試していることもございます。座禅を指していますが、複式呼吸法での深い呼吸は自律神経を整えることで理にかなっていますし、「気持ちを整える」その意識を高める鍛錬として有効だと感じています。日常生活や勉強するときに、集中力も上がっていることで既に効果も実感したりしています。
> 信仰活動まで行うかは、正直な気持ちだと、あまり信仰心がないところもあり、宗教に頼ったり執着することへの抵抗もややあったりと、なかなかもう一歩踏み込めないところもあるかもしれませんが、今後検討してみたいと思います。
信仰は個人の自由なので、無理に強要しないですよ^^ 私がしているのは、「自分らしさを発揮して輝いていく」信仰なので、世間が言う「頼る」「すがる」「洗脳」とは全く異なるものなんです。 日頃の活動(唱題行)で「自分の人生を自らの力で切り開いていく」ものなんです。1人1人の生命には「限りない無限の可能性」を秘めているので、それを引き出すのが我々の信心なんですよ^^
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No.5に対する返信 ( No.8 ) |
- 日時: 2014/09/08 17:10 (spmode)
- 名前: 華菜
- > 華菜さん
> たくさんコメント頂きありがとうございました > > 私のはじめの掲載の言葉が足りなかったので、人生全体にお話をしていただいたので、かなり恐縮しております。ありがとうございます。 > > こちらは日ごろの実際の行動や実践で心がけたいことですね > > > 私達の仏法の世界では「昨日よりも今日、今日よりも明日。瞬間瞬間、今が戦う時です。今、この時が、魔との闘争だからこそ、『つよる心』を忘れたら、魔が付け込んでくるのです。」とご指導されています。 > > ここはなにかわかる気がいたします。過ぎた過去より今を大事にし、見る位置は将来ということですよね。 > ここは、自然と実行できているじゃないかと実感するところもあります。 > > > 人生、そまざまな思いもよらない事が沢山起きますよね?つらいこと、苦しい事、悲しい事、悔しい事、ムカつく事・・・・・ > > これらに堂々と立ち向かっていけるかが「試されている」と言っていいでしょう。乗り越えていけるかは、その人自身の「心の持ち方次第」となります。生きていれば、勝つと時もあれば、負ける時もあります。負けても構いません。次の戦いで勝利できればいいんです。人間は、不敗と勝利を繰り返して少しずつ、強くなっていくものです。 > > 失敗は失敗で受け止め、実践で少しずつ強くなっていく。 > もっと踏み込みますと、その対象の行動で、いかに強い精神力を得るには、いかに実践をこなすかであろうと。 > ここは、全く同じ考えで共感するところです。 > > > > 困難が立ちはだかって、「自分には無理そうだな」と思っても、一歩踏み出してしまえば、後は乗り越えるだけです。乗り越えてしまえば、また自信と力が付くので、それが生涯崩れない、誰にも奪えない生きて行く上での”武器”と”財産”になります。 > > ここは、ごもっともです。そう思います。 > 私の場合、「無理そうだなぁ」という発想が実は起きなくて、はじめからできる前提で考え始めます。「無理そう」というプロセスが私の発想のなかになく、「一歩踏み出す」までのプロセスが存在します。 > つまり、なにかをやりたいと思った場合、「どうやったらできるだろう」からスタートします(そういう意味だとそこの精神力はかなり強いのかもしれません。)。とっかかりを見つけ、そこから切り崩していく発想があり、やっている人がいる以上は、できないことは無いという発想があります。 「無理そう」と思わないなんて、凄いですよ。 信心していても、何か始めるときは、「出きるかな?」と不安になります。しかも、「どうやったらできるか」と要領よく行うために計画を立てることは本当に凄いですよ(*^_^*)
> なので、私にとってハードルが高いのは、だれもやったことがないことへのチャレンジですが、それでも分解してみるとひとつづつはどこかで誰かがやっていると捉え、その時点で「無理そうかなぁ」という発想には至らないし、やりたいと思っていると見つけるまであきらめないところがあります、そういう部分は私は精神力はかなり強いのかもしれません。 > > ここは、二つ前の回答でお書きした通りで、今鍛えたいというところは、「どんな方と接するときも動じない心を持ちたい」、もう少し具体的に書くと、相手の強い感情や気持ちを受け止めてあげることのできる精神力、これが鍛えたいところになります。 なるほどですね。普通、なかなかそこまで考えられないですよ。 まずは、相手の性格を認めてあげるところから始めるといいですよ。
> > > > 人間には、『地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人界、天界、声聞界、縁覚界、菩薩界、仏界』という十界があります。 > > > > 唱題で仏の命を涌現させるんですが、なかなか出て来ない時もありますよ苦笑。人の生命は、一瞬一瞬が違うので、信仰者である私ですら自分の感情をコントロールすることが難しいんですよね。 > > 仏門へ入ることは希望していないので、前段のお話は受け流させていただきますが、感情のコントロールは今の私にとって目標の一つにあります。仏門に入っても難しいというコメントは、やはり精神力を人並み以上に鍛えるという事は、難しいことなのだなと感じるところでもあります。 > > 最後に、こうやって、華菜のコメントをいただけたことで、あらためて認識できたことがあります。 > > 普通の人より優れた能力を身につけるには、普通の人と同じ事をやっていてはダメで、+αの何かを行う必要がある。 > > 既に無意識に行動している部分もあり、私の記憶の引き出しになかったわけではありませんが、あらためて意識してみようと思いました。 > >
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Re: 精神力が弱い ( No.9 ) |
- 日時: 2014/09/08 17:24 (e0109-106-188-59-160.uqwimax.jp)
- 名前: 小悪魔
- 我慢はするけど我慢しすぎるのは良くない。
ストレス発散方法を見つける。 疲れたら休養する。
なんか難しいね。 僕も精神力めっちゃ弱いから…
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Re: 精神力が弱い ( No.10 ) |
- 日時: 2014/09/08 20:01 (spmode)
- 名前: あぼーん
- 動じないということは、自分を信じているということ
自分を信じているということは、自分が間違ったことをしていないと思っているということ
つまり、間違った行動をしないように すればするほど その人の精神は強く、巨大になります
たぶん
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Re: 精神力が弱い ( No.11 ) |
- 日時: 2014/09/09 17:50 (e0109-106-188-52-238.uqwimax.jp)
- 名前: 小悪魔
- 自分に自信を持つこと。
でも、知ったかぶりはダメ。 わからないことは素直にわからないと言う。 人間誰でも弱い部分って持っていると思う。 100%の人なんていないよ。
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Re: 精神力が弱い ( No.12 ) |
- 日時: 2014/09/09 21:40 (prin)
- 名前: ベルン
- 私の場合死ぬことに対して強い恐怖があります。まだ20代で大病や災害を経験したわけではありませんが、長い間いじめにあっていたこともあり死にたいとは思うもののやはり怖くて包丁を見ただけで手が震えてしまう。自分は小心者だと思う反面自殺とかリスカをする人がものすごい根性があるように見えることもありました。ただ自殺の善悪は別としても人間いつかは死ぬのであれば、そこまで幸せになる必要はないんじゃないかと思うようになりました。逆に何もかもが順調だと死がますます怖くなる気がして、少しくらいうまくいかない人生のほうがちょうどいいと思うようにしたらだいぶ気が楽になった気がします。もちろん今でも辛い時はたくさんありますが、なるべく小さな幸せをたくさん見つけるように心がけています。無理して強くなろうと思うのはかえって逆効果のような気がします。
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Re: 精神力が弱い ( No.13 ) |
- 日時: 2014/09/10 19:17 (softbank126079025215.bbtec.net)
- 名前: 軟弱物
- 色々ご意見ありがとうございます
自由に語っていただいてもちろん構わないですが、期待しております事を改めてお書きします。
考え方や気の持ち方は精神力に関わると思いますが、精神論ではなく訓練や練習で養える方法を期待しています。
つまり、「こういうことをすると鍛えることができる」
そういう情報を期待しております。
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Re: 精神力が弱い ( No.14 ) |
- 日時: 2014/09/10 19:34 (home)
- 名前: 華菜
- 軟弱物さん
前に「今鍛えたいというところは、「どんな方と接するときも動じない心を持ちたい」、もう少し具体的に書くと、相手の強い感情や気持ちを受け止めてあげることのできる精神力、これが鍛えたいところになります。」とおっしゃっていましたよね?
私は前の職場で私の指導係だった男性の先輩がすごく苦手でした。私の仕事のやり方にいちいち口を挟んできて、報告の仕方も「背筋を伸ばして、声を大きく出せ!」といろいろ細かいところまで指導されました。それが当時の私にとってはすごく嫌で、会社に行くのが嫌になりました。酷いときは「家に帰りたくない」や「朝になってほしくない」と思ったりしましたね。そんな時、信仰仲間の先輩に相談したら「その人の事を認めて理解してあげる事だよ。」と言われました。それ以来、その先輩のことを祈ったら、先輩の気持ちを理解し受けとめて接してあげる事ができるようになりましたよ^^
相手の気持ちを受け止める事はなかなか難しく、出来る事ではありません。それを出来るようになるにするには、自分が素直になるしかありません。自分が相手を警戒していたら、相手にもその意図というか感情が伝わります。相手は自分にとっての”心の鏡”なので、相手の気持ちを考えてあげることがポイントだと思いますよ。
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No.3に対する返信 ( No.15 ) |
- 日時: 2014/09/10 19:43 (dip0)
- 名前: ひよこ
- >ここは、二つ前の回答でお書きした通りで、今鍛えたいというところは、「どんな方と接するときも動じない心を持ちたい」、もう少し具体的に書くと、相手の強い感情や気持ちを受け止めてあげることのできる精神力、これが鍛えたいところになります。
軟弱ものさんは、おそらく自分に厳しく精神力が強い方だとおもいますので 時に、心の中で動じてしまっても態度にまでは 出ずにすんでいることもあるのではないでしょうか?
それでも、そこをさらに鍛えるために、座禅をされたり 自律神経を整えられるなど努力をされているのですよね。
受け止めるといっても、相手の重荷をかわってもつことは できませんので、荷下ろしの手伝いをするという 意識をもっていますと、過剰な気負いも感じずに 精一杯対応できると思います。
これは聖書からの言葉ですが^^ 私が相談をうけたり、問題に対処する際に いつも心に留めている言葉です。 ガラテヤ6章2節 <互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい> という言葉がある一方で ガラテヤ6章5節には続けて <人にはおのおの、負うべき自分自身の重荷があるものです。> という言葉があります。
つまり、自分が受け止められる重荷と相手が自分で 負うべき重荷があるという事です。 その境界線を見極めた上で、自分が受け持てる部分を 受け止めようと思えれば十分だと思います。
心と体を調整する事によって、荷下ろしの手伝いを 継続的に、長期的にする事も出来るでしょう。
私の好きな言葉で ニーバーの祈りというものがあります。 (置かれたところで咲きなさいというベストセラーをだされている、 シスターの渡辺和子さんも紹介されていた言葉ですが)
神よ 変えることのできるものについて、 それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。 変えることのできないものについては、 それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。 そして、 変えることのできるものと、変えることのできないものとを、 識別する知恵を与えたまえ。
相手を受け入れる愛情、忍耐を持ち続けるには、 ときに自分の限界と相手との境界線を見極めたり、 謙虚さを忘れないことも大切だと思います。
軟弱者さんは、精神力が弱いのではなくて 責任感が強すぎるのかと。。感じられます。
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No.15に対する返信 ( No.16 ) |
- 日時: 2014/09/10 22:02 (softbank126079025215.bbtec.net)
- 名前: 軟弱物
- ひよこさん
コメントありがとうございます
たくさん書いていただいてとても恐縮してしまいます。
>責任感が強すぎるのかと。。感じられます。
私本人としては、強すぎるでもなく、弱すぎるでもなく、必要な責任感と感じていますが、あるとすれば、なんとかせねばというその気持ちがそう感じさせているのでしょうか。
説明すると長くなるので、省略しているのですが、私の心の中の気の持ちようの部分は、カウンセリングで言えば問題の把握は終わっていると解釈していただいて差し支えないかと思います。
今は、練習と訓練が必要である結論に至っての投稿になりますので、そこを理解いただきたいです。
少し例えてみますと、本番を迎える前のリハーサルを繰り返す段階で、普通にほしい能力が不十分であると感じています。 リハーサルは一人ではできなかったり何度もできないので、それ以外の訓練で能力アップを図ろうとしています。 こんな風にお書きすれば理解いただけるでしょうか。
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No.16に対する返信 ( No.17 ) |
- 日時: 2014/09/10 23:19 (dip0)
- 名前: ひよこ
こんばんは > 少し例えてみますと、本番を迎える前のリハーサルを繰り返す段階で、普通にほしい能力が不十分であると感じています。
普通に欲しい能力が不十分ですか。 たとえば、実際に(想定してなかった事を)受け止めきれずに焦ってしまったりする事があるということでしょうか。
> リハーサルは一人ではできなかったり何度もできないので、それ以外の訓練で能力アップを図ろうとしています。 > こんな風にお書きすれば理解いただけるでしょうか。
想定外のことがあっても、心を落ち着けるには。。 その場でかるく息をすってはききる。。 (実際にするのが難しい場合は、そのイメージをたとえ 2、3秒以内でもいいので行って、対処する)
受け止める場合、話をじっくりと聞くという場合と 相手がパニックになった場合に対処とでは また対応が違ってくるとは思いますが。。 基本は、<平常心>を心にとめて、 ゆっくりと落ち着いて話す事を心がける というのも、簡単ではありますが出来る事でしょう。
あとは、イメージとして(仕事場で)誰か先輩なり お手本になる方がいらっしゃったら、 この人であったらどう行動するだろう?と考えて その場で、シミュレーションをしてしまうしか ないかと思います。
どんなに練習をしても、知識を貯えて心の準備をしても、 やはり本番の場数を踏まなければ なかなか板につかない事もありますね。
それでも、以前よりは少し落ち着いているというご自身の 成長を認める事で、少しずつ自信をもって接する事は出来ると思います。
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Re: 精神力が弱い ( No.18 ) |
- 日時: 2014/09/11 00:51 (softbank126079025215.bbtec.net)
- 名前: 軟弱物
- ひよこさんありがとうございます
とてもご親切なので言いにくいのですが その場でのテクニックの意味でしたら特に困っておりません。 そこは当然対策があって、そうではなくて、そもそも土台になる精神力を鍛えたい(磨きたい)という趣旨になります。
ほんとうに何度も申し上げますが、日ごろ練習したり訓練できることを探しています。 また、対策として汎用性がほしいですし、条件は特定したくありませんが、これは書かないとわからないと気付きました。 以下の対策ができるといいです。
お相手が誰でもどんなお話でも冷静にお話が聞けること。 (度胸というといいでしょうかね)
>どんなに練習をしても、知識を貯えて心の準備をしても、 やはり本番の場数を踏まなければ なかなか板につかない事もありますね。
これは承知していることです。あまりに当たり前です。 本番に入る前に必要な能力を磨きたいということなので、誤解があります。ボランティアで行うという手もあるんですが、たとえボランティアであってもその前に必要最低限の準備も整えたいところです。 どこまで準備すれば気が済むかは、私の価値観でもあるのでそこは了承ください。
又、実際の本番を迎えた後も仕事が少ないとき等は、普段から習慣としておこないたいとも思います。
ここでただで教えてもらおうと思っているのも贅沢な話ですが、私以外の方も参考になるのではないかと思い。 意味のある投稿ではないかと思っている次第です。
>相手がパニックになった場合に対処とでは…
あとひとつ これもせっかくコメントいただいていて申し上げにくいのですが、特別な場合の対処法は、技術的な問題かと思います。 なので今は対象外です。
あまりあれこれ考えていただくととても広がってしまいます。 お話は単純です
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Re: 精神力が弱い ( No.19 ) |
- 日時: 2014/09/11 04:05 (dip0)
- 名前: ひよこ
- >そもそも土台になる精神力を鍛えたい(磨きたい)という趣旨になります。
単純にいってしまうと 精神の強さと言いますか、心の平安を保つには 私は、神を信じる事(信仰)が基本だとおもっています。
クリスチャンに取って<土台>はキリストだからです。 自分はその土台の上に立つ家です。 自分が土台になるというのは、砂の上に家を建てるも同じと考えます。 完全でない人間である自分を土台にしては、安定しないという事です。 ただ、無力ではなく、土台の恩恵と助けにより(人格という)家を建てる事は出来ます。
仏教の座禅にしても、聖書の教えや、メンタルトレーニングでも 結局は。。自己啓発や精神修養のための テクニック<技術>だけ取り入れて練習しても、なかなか その本質的な強さまでにはいたらないのかもしれません。
なぜなら、土台が違うからです。 信仰のばあい、神仏に頼ったり執着するとお考えがあるようですが、 むしろ、人間を超えた権威への信頼、恩恵への感謝により、 自力の限界を認め、自分や他人への執着や恐れ、不安など 問題のある部分を手放すということができます。^^
精神的な弱さや恐れの原因は、鍛錬が少ないという物理的な 理由だけでなくて、根本には。。自己中心や人間中心の考えかたがあるのではと 私は思います。
>お相手が誰でもどんなお話でも冷静にお話が聞けること。 (度胸というといいでしょうかね)
人間、自分も相手にしても、強く意識しすぎているのではないでしょうか。
<意識>して、精神力を鍛えるのも、精神修養のために益にはなりますが、 ある一定以上のところにくると、限界を感じるのではないでしょうか。
練習や鍛錬というのは、自分を超えたものや物事の影響の大きさを信じる事が 出来るまでの<代理>のものとも思えます。。 シンプルなようで、難しいのが信じるという事です。
仏教徒のかたでも、クリスチャンでも信仰によって <結果的>に、人生において精神的な強さを得たり、平安を得る事もありますが、 平常心や精神力をえるために、神仏を信じるのではありません。
多くの方に知られてない事ですが、 キリストへの信仰と仏教との違いである決定的な部分は 平安(救い)は既に与えられている、保証されている (過去完了)であることを信じることです。
平安や精神的な支えを意識して得ようと鍛錬するのではなくて、既に約束され与えられていることを信じて平安のなかで行動し、 生きるという事です。 あるいみ、普通の考え(目の前の事象で判断する考え)とは全く違います。^^
精神力が弱いと信じている(意識している)時点で、疑いがあるので土台がぐらついてしまうのではないですか。
精神力を強くするという事、動じない事を <意識しすぎている>場合、満足するところには到達しないのではないでしょうか。 土台については信仰以外では。。おそらく自分の目的を度外視した時に、与えられるようなものではないかとも思います。
ご期待にそえないお返事になってしまったかもしれません。 凡庸性な練習と言えるかわかりませんが。。 意識しすぎず、自分の適応力(滞在力)をまだ 満足していような状態にいたってなくても、そうなると 常に信じきること、それが大切だと思います。
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No.19に対する返信 ( No.20 ) |
- 日時: 2014/09/11 16:02 (softbank126079025215.bbtec.net)
- 名前: 軟弱物
- ひよこさん
お返事ありがとうございます
私の相談に時間を割いていただいたことに感謝します。 又、その役に立ちたいというお気持ちは受け取らせていただきます。
というのも、実は、ひよこさんの以下のコメントからそれ以降は読む気がなくなってしまったのですが、誤解や間違いから方向が変わってしまうので、補足させていただきます。
>私は、神を信じる事(信仰)が基本だとおもっています。
これはひよこさんの価値観です。 ひよこさんの価値観なので正しいとか間違っているとかはありません。 「信じていらっしゃっても良いんじゃないでしょうか。」と、お返しさせてください。
>精神力が弱いと信じている(意識している)時点で、疑いがあるので土台がぐらついてしまうのではないですか。
これもひよこさんの価値観で、ひよこさんが私のコメントから想像で感じとったことですね。 他の人にできていて、私にできないことをリハーサルにてきちんと確認して認識できた事実がその根拠にあります。なのでひよこさんのおっしゃっていることは如何でしょう。
><意識しすぎている>場合、満足するところには到達しないのではないでしょうか。
前に記述したとおり、いまここに掲載しているのは、そこが自分の弱点と明確に確認できたからです。
厳しい返事になってしまいますが、心の不和を取り除くだけが必ずしも悩みの対策ではないと思います。 今の私が必要と認識していることは、「適当な練習や訓練法を見つけて、継続していくこと」になります。それに費やす時間や労力とやる気に余裕が十分あります。
今からはじめようとしているお仕事は、信用や信頼が大前提となるので、普通に必要な能力が不十分と確認できた(リハーサルで確認できた)ので、それを底上げしようとしていることになります。意識して取り組んであたりまえかと考えます。無視できない能力です。
精神力を鍛えることを検討して色々探していると、宗教が登場してきます。 宗教自体を信仰する気がさらさらないのですが、キリストにしろ仏教にしろそれ以外(他の宗教の方、端折ってすいません…)も、宗教には先人の知恵があるので、いい部分を取捨選択して取り込むことはやぶさかではないと思います。 ただ、宗教自体を進められてしまうと、どうお答えしてよいものか困ってしまいます。
<最後に> 脱線していくのが困るので、今、どうしてひよこさんのコメントが私に響いてこないかを書きますと、問題の認識の違いにあると思います。
自分に自身が持てないという問題の捕らえ方に問題があります。 これからはじめようとしているお仕事に向けて、お仕事をするために必要な能力を必要十分の最低限のレベルに上げて且つ維持し続ける為に、日ごろいつでも行えるような適当な手段や習慣が見つからないのが私の悩みごとです。
必要十分ではないと感じる根拠は、現在行っているリハーサル結果からの評価と分析があると思って差し支えないです。
以上
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No.20に対する返信 ( No.21 ) |
- 日時: 2014/09/11 17:26 (dip0)
- 名前: ひよこ
- > >私は、神を信じる事(信仰)が基本だとおもっています。
> > これはひよこさんの価値観です。 > ひよこさんの価値観なので正しいとか間違っているとかはありません。 > 「信じていらっしゃっても良いんじゃないでしょうか。」と、お返しさせてください。
もちろん、私も強要するつもりもありません。^^ 信じていないかたについても、そのかたの選択でありそれでよろしいと思います。
> >精神力が弱いと信じている(意識している)時点で、疑いがあるので土台がぐらついてしまうのではないですか。 > > これもひよこさんの価値観で、ひよこさんが私のコメントから想像で感じとったことですね。 > 他の人にできていて、私にできないことをリハーサルにてきちんと確認して認識できた事実がその根拠にあります。なのでひよこさんのおっしゃっていることは如何でしょう。
血がにじむような鍛錬を積んでいても、必ずしもその結果が出る人とでない方がいます。 鍛錬のみが精神力の強さや、本番での強さを生むのではなくて、 それプラスの、自分への自信(自己受容感)や、周りの信用に(気負わずに) 応えるという力が必要かとおもわれます。
プラスαというのは、結局は自分を信じ、状況や相手にのまれないないという意味合いで、そのばを乗り切ることに任せるという事だとおもいます。 物事に動じないためには、精神力の強さが必要というよりは、信じて、無心でおこなうという<集中力>が必要なのではないかと思います。 > 厳しい返事になってしまいますが、心の不和を取り除くだけが必ずしも悩みの対策ではないと思います。
もちろん、心の不和を取り除く<だけ>が悩みの対策といっているのではなく、 それも一つであるのではということです。 心の不和というのは、自分への過小評価、自分を信じきる事が出きないという という意味合いもあります。
自信が不十分でも、能力が飛び抜けていれば、問題がない場合もあります。 ただ、どちらもまだ足りない場合、相乗効果(底上げ)を狙った方がよいかとは 思います。
> 今の私が必要と認識していることは、「適当な練習や訓練法を見つけて、継続していくこと」になります。それに費やす時間や労力とやる気に余裕が十分あります。
他の方も(ひょっとすると、あなたがこれから就かれる仕事についている方が いるかもしれませんが)アドバイスをしきれないのではないでしょうか。
もちろん、情報を限定したいというお気持ちは尊重いたしますが それは、提供される情報も限定されるというデメリットもあります。
> 今からはじめようとしているお仕事は、信用や信頼が大前提となるので、普通に必要な能力が不十分と確認できた(リハーサルで確認できた)ので、それを底上げしようとしていることになります。意識して取り組んであたりまえかと考えます。無視できない能力です。
意識して取り組む事を否定しているのではありません。 意識する事を過小評価したり無視することをすすめているのではなくて、 精神力のそこあげが必要というお話であったため、当たり前の事ではありますが 自分を信じる事についてお話したまでです。
> ただ、宗教自体を進められてしまうと、どうお答えしてよいものか困ってしまいます。
目の前の事象のみにのまれなけず、向かい合えれば、相手が大企業の経営者でも、何十億の取引でも。。飲み込まれずに、なすべきことに集中できるのではないかと 思います。(ことの重大さを無視するという意味合いではないです)
宗教(信仰)をすすめているのではなくて、このような考え方もあるという一例をご紹介しています。^^
信仰(信頼)にしても、潜在能力を信じるにしても 目に見えないもの、つまり過去の実績がないものを 既にある(実績をつくれると)信じて自分の持つものを 出し切るという事に集中するということです。
> 自分に自身が持てないという問題の捕らえ方に問題があります。 > これからはじめようとしているお仕事に向けて、お仕事をするために必要な能力を必要十分の最低限のレベルに上げて且つ維持し続ける為に、日ごろいつでも行えるような適当な手段や習慣が見つからないのが私の悩みごとです。
当然ながら、仕事をするにあたっては、それに関する知識、技術や能力は 必要です。 それを否定するのではありません。
ただ、自律神経の働きのため(精神安定のため) 座禅をされたり、腹式呼吸をされるなど 既に、試されているのですよね。
あとは運動、マラソンや筋トレ(腹筋やスクワット) 武道などをするなどが、一般的なトレーニングとして 勧められるのではないでしょうか。
ただ、過去の偉業を成し遂げた人、多くの経営者なり、信念を強く持つ多くの人は、聖書、または論語や仏教書など思想書、歴史書を よむことで見識と精神性を深めているのも事実ですので、 思想関連の本も、<宗教>と先入観をもたれずに読まれるというのも、精神力の訓練にもなるかとは思います。
特定の職業において、どういう習慣をするのがいいのか。。 具体的なアドバイスを望まれる ようでしたら、これからつかれる職業専門(関連)の掲示板などに いかれるのもよろしいのではないでしょうか。 または、一般のメンタルトレーナーなどに 相談をするというのもよろしいかもしれません。
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