No.0に対する返信 ( No.1 ) |
- 日時: 2014/11/16 04:22 (dip0)
- 名前: ひよこ
- > 自己否定のせいで生きづらいです、この思考を無くしたいです。
> > 自分の「こうしたい」という理想を「"お前なんかが"しちゃいけない」と止めてくる自分がいて、本当にしたいことをできない事がしばしばあります。
〜なんかが、という否定的な言い方は 卑屈な印象がします。
> でも、立候補できませんでした。お前のような人間が主役なんてしちゃいけない、お前は誰よりも劣っているんだから。そのような考えが頭のなかを占めていきました。
もし卑屈ではなくて、謙虚で、自分の才能や周りの人の才能を冷静に 見ている場合は私よりも、〜さんの方が、演技力があるので 向いているだろう。。。と考えて、立候補をあえてせずに 他の人に任せるでしょう。
誰よりも劣っているというのは、どういう根拠があって そう思うのでしょう。
才能のあるなし、演技力のあるなし、その役のイメージに 合うか合わないか。。など、具体的な理由があれば 構わないと思います。
たんに劣っているんだと自分の自己イメージを低く見るのでは、 客観性に欠けているとも思われます。
> その場では別の人が主役となりました。 > しかし私は感情が表に出やすく、校内で行われる15分劇でかつ私の役が同時に上演する劇の役と被っているということもあってか、結局自分からは何も言えないままその役を譲ってもらえることになりました。 > 情けないです
感情が出やすくというのは、どういう意味合いでしょうか? 演劇を感情表現豊かにできているのを評価されて、 先生などから、変わるようにいわれたのか? > こんな性格直したい。
卑屈にみるのは、自信のなさというのもあるかもしれませんが、 プライド(虚栄心、自分はこうであるべきという理想)が意外と高いのかも しれません。
すこし、客観的に、冷静に物事をみてみるのはいかがでしょうか。 謙虚さをもちつつ向上心をもつことはできますよ。
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No.1に対する返信 ( No.2 ) |
- 日時: 2014/11/16 10:48 (au-net)
- 名前: かんた
- >
> 〜なんかが、という否定的な言い方は > 卑屈な印象がします。 > 卑屈だと何回か言われたことがあります。 それも含めて直していきたいです > > もし卑屈ではなくて、謙虚で、自分の才能や周りの人の才能を冷静に > 見ている場合は私よりも、〜さんの方が、演技力があるので > 向いているだろう。。。と考えて、立候補をあえてせずに > 他の人に任せるでしょう。 > > 誰よりも劣っているというのは、どういう根拠があって > そう思うのでしょう。 特にこれ、というものはないです 自分の思いというより心の中にいる別の誰かに罵倒されている感じです
> > 才能のあるなし、演技力のあるなし、その役のイメージに > 合うか合わないか。。など、具体的な理由があれば > 構わないと思います。 > > たんに劣っているんだと自分の自己イメージを低く見るのでは、 > 客観性に欠けているとも思われます。 客観性に欠けている...なるほど。
> 感情が出やすくというのは、どういう意味合いでしょうか? > 演劇を感情表現豊かにできているのを評価されて、 > 先生などから、変わるようにいわれたのか? > 喜怒哀楽が表に出やすいということです とても主役をやりたさそうに見えたそうです。 先生ではなくその人自身が言い出してくれました
> 卑屈にみるのは、自信のなさというのもあるかもしれませんが、 > プライド(虚栄心、自分はこうであるべきという理想)が意外と高いのかも > しれません。 > > すこし、客観的に、冷静に物事をみてみるのはいかがでしょうか。 > 謙虚さをもちつつ向上心をもつことはできますよ。 > なるほど!ありがとうございます。 自信をつけて客観的になれば、卑屈と言われることもないですかね?
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No.2に対する返信 ( No.3 ) |
- 日時: 2014/11/16 16:20 (dip0)
- 名前: ひよこ
- > > 感情が出やすくというのは、どういう意味合いでしょうか?
> > 演劇を感情表現豊かにできているのを評価されて、 > > 先生などから、変わるようにいわれたのか? > > > 喜怒哀楽が表に出やすいということです > とても主役をやりたさそうに見えたそうです。 > 先生ではなくその人自身が言い出してくれました
主役をやりたそうにみえたので譲ってくれて 先生や他の方も、納得してくれたということですか。
喜んで譲ったというより、あなたの不服そうな態度を見て 相手の人が折れたのでしょうか。 (相手の人にとっては、自分がなんとしてでも主役をするのが 大切ではなくて、劇を成功させることや丸く収めることを優先したのかもしれません)
最初から立候補したとして、もし主役の候補が複数いれば。。 先生や他の人の客観的な意見によって役が決められる。。 ということもできたでしょう。
正々堂々と立候補して、選ばれるか選ばれないかという 経過をたどることをしないというのは、どうかとおもいます。 もし候補者が複数いたら、自分が選ばれなかったら 恥ずかしい、または支持をえられないのではないかと おもったのでしょうか? 周りの部員の人との関係があまりよくないのでしょうか。
立候補せずに、あとから感情的になって 主役の人に対抗意識をもったり、不満顏をしていて、 しかもそれが通ってしまうのは。。よくないと思います。
小学生であったとしても、そういう風に 役を急に変更するのは、教育上。。または物事の 道理を教える過程では不適切だとおもいます。
もし部活の顧問の先生がいたとすれば、最初に立候補してないのだから そのままの役を通すように言われると思いますが。 先生に、そのことで注意はされなかったのですか?
部活の部員との関係は、そのご問題ないですか?
> なるほど!ありがとうございます。 > 自信をつけて客観的になれば、卑屈と言われることもないですかね?
自信をつけることも大事ですね。 客観的に自分をみて、(劣っているところではなくて)努力が必要なところは 認めること。 または時には、主役や好きな役ができなくても、まわりの人が才能があったり、 適役であったりして、自分が選ばれなくても。。不満な態度をだすのではなくて、 快く引くなど、<自己中心>にならないようにすること、劇が成功するために 協力をするという<協力的な態度>も必要だとおもいます。
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