No.0に対する返信 ( No.1 ) |
- 日時: 2015/06/03 14:17 (wind)
- 名前: かゆがも
- > 高校のとき学校、家庭で色々あってリスカしてました。
> していたのですが、リスカをしている時の記憶は全くと言っていいほどありません。 > 辛いことがあって部屋で(部屋に限らないのですが、)ぼー。と何も考えずにいて、気がついたら血が出ていてカッターが近くに落ちとって あー、またやってもたんか ってめっちゃ冷静に思うんです。 自傷行為ですか。 自傷行為が心の支えになることはあります。 なぜなら自傷行為をしている間は心の問題を忘れることが出来るからです。 自分の肉体的に傷つけている間は自分の心の痛みを忘れることが出来ます。 肉体の痛みで心の痛みをかき消すんです。 しかし、所詮は一時しのぎで残るのは解決されない心の痛みと傷ついた体だけです。
> でも高校2年生の最後の方に友達と約束をしてやめることができました。 友情とはありがたいものですね^^
> 大学生になって、友達5人、私を入れた6人グループもでき今、新しい傷もなく昔の傷が薄くなっているだけなのですが、最近何が辛いのかもわからないのですが、気分が沈んで自分の存在価値がわからなく、とても辛いです。 「人はパンのみのために生きるにあらず」とはキリスト教の言葉ですが、 人は仕事のためだけ、勉強のためだけに生きるようにはできていません。 何らかの楽しみや喜びだって必要なんです。 何か楽しめるような趣味やスポーツを持ってますか? もし、持っているならまずはそれでリフレッシュされては。
> 友達グループの中でも浮いているように感じてしまったり、5人の態度が冷たいように感じてしまいます。実際は今まで通り普通なんだと思うし、そんな態度をとるように思わない5人なのですが、思い込みでしょうか。 3人集まれば社会が形成されると言います。 人がある程度集まれば、お互いの仲に多少の差があるのは当たり前のことなんですよ。
> そんなことない と何度自分に言い聞かせてみても喋っていると 自分一人だけ浮いているんじゃないか 自分は嫌われているんじゃないか このグループに自分はいらないんじゃないか 等考えてしまいます。 少しだけ自我(エゴ)が強いのかも知れませんね。 人は自分が正しい、可愛い、重要である、一番、特別と思い込んでいる生き物です。 このような感情を自我(エゴ)といいます。 エゴは皆持っていますが、このエゴが強いと苦しむことになります。 エゴが強いと自分が相手にどう見られているか気になります、人目を恐れます。 人は皆、大切で、特別な自分を皆に「良い人」だと思って欲しいのです、嫌われたくないんです。 しかし、エゴは間違っています、だからエゴが強いと苦しいんです。 本当は、自分は特別ではない、当たり前で、皆と一緒で、間違うこともある、存在です。 そのことを理解している人は人目を恐れません。 いいじゃないですか、あなたはタダの人なんだし、あなたの周りもやっぱりタダの人です。 良く見られる事だって、悪く見られる事だってありますよ。 全ての人に好かれることは不可能ですし、一部の人があなたと合わなくても当たり前なんですよ。
> 教室の席も2人掛けの机で4人は一列目、二列目と並んでいるだめ4人固まっていて、自分ともう1人が隣同士で4人と2人に別れています。 > その隣の友達も最近休みがちで教室の机も自分1人だけって感じで、前の方で4人が楽しそうに見えて余計に辛く感じます。 自分の方から4人の方へ歩み寄っては? 或いは休みがちの一人ですが、その方のお見舞いに行ってみるとか。
> こんなこと関係あるのかはわかりませんが、昨日自分の部屋で気がついたら右手にカッターを持っていました。 > どうすればリスカしなくてすむのでしょうか。 私はリスカを無理に止めはしませんが、だって自分の体ですからね。 ですが、代わりの行為で代替するというのはどうでしょうか。 例えば手首に輪ゴムを嵌めておくんです。 そして切りたくなったら、ちょっと我慢して代わりに輪ゴムを引っ張り、離して体に痛みを与えます。 いわばプチ自傷行為です。 根本的解決にはなっていませんが、これなら傷は残りません。
> どうすれば心が軽くなるのでしょうか。 相手に好かれたいとか、良い人だと思われたいとか、そんな期待を捨てることですね。
> どうすればこんな自分でも好きになれるのでしょうか。 嫌いな自分なんてぶっ壊して、理想の自分を目指してはいかがでしょうか。
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