Re: あなたが本当に在るのか判らない ( No.1 ) |
- 日時: 2013/04/30 01:16 (dion)
- 名前: てぃー
- お、俺好みの哲学的な見方。そうゆーの好きです。
そうですね全部自分の脳内の出来事ですので 他人が居るかいないかなんて関係なくて
此処は自分ひとりの世界だね 境目なんかない、景色と思っているものも全部自分 実はここはとても虚無な世界なんだ。
>>自分を中心に廻っている 自分が中心だよ他人なんていないから。
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Re: あなたが本当に在るのか判らない ( No.2 ) |
- 日時: 2013/04/30 01:56 (yournet)
- 名前: ami
- もしも自分という存在がなかったら、どうやって他人の存在を確認できるんだろう?
自分という存在あって初めて他人を確認することができる。
稚拙な思考などではないと思います。 自分がいなければ他人もいないほどに密接に係わっているのなら、自他を区別しているのは自分の思考によるもの。 実は、自分と他人とは明確な区分などないのかもしれませんね。
野菜のスープに例えた人がいましたが、野菜の旨味が溶け込んだスープは単独のスープとは呼べず、スープの沁み込んだ野菜はただの野菜とも言えない。 どこからが野菜で、どこまでがスープだと明確に分ける事なんて出来ない。
てぃーさんの言うように、何事にも境目なんかない。 境のない世界を自分の意識が区別して見させているだけに思います。
決して、自分を中心に廻っているという傲慢な考え方ではなく、どのように自分の人生を造っていくかという観点から、とても重要な考え方ではないかと思います。
若造と言うからには、まだお若いんですよね? でも、とても素晴らしい見方だと思いますよ。
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Re: あなたが本当に在るのか判らない ( No.3 ) |
- 日時: 2013/04/30 02:12 (dion)
- 名前: てぃー
- >>ないのかも
じゃなくて無い
夢だと仮に認識しているから 現実が仮にあるように 機械が仮にあるから 生命が仮にあるように 全ては比較でしかない 「どのように自分の人生を造っていくか」 がまず不可能、宇宙は全部幻。自分もいない。 何も出来ません、ただの永久の孤独。
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Re: あなたが本当に在るのか判らない ( No.4 ) |
- 日時: 2013/04/30 02:44 (yournet)
- 名前: ami
- あ〜そうなんだ〜
追記・・ 「あ〜そうなんだ〜」 だけじゃ、あまりにふざけてるから書き足しますね。(T.さんスミマセン) 此処は自分ひとりの世界だね 境目なんかない、景色と思っているものも全部自分・・・
の箇所には同感です。
そういう点から言えば、過去や未来、現在にも区別はなくすべてが同時に発生し、一瞬にすべてがあるようにも思えます。(というより確信です)
私たち一人一人が認識しているに過ぎない、この世界における出来事や状況はすべて自分自身を端にして現れていること。 どんなに苛酷な生き様にせよ、自分自身が認識として選んだと言っても過言ではないと思っています。 自身の思考、または考え方のパターンが、その様な現実を創り上げている、または創られてしまっている。 ここに他人は一切介在せず、自分自身が在るのみ。 自己に起こる出来事はすべて自己の責任(認識)の中で起こっている事。
考え方のパターンを言うならば、生まれてから今までに受けた影響どころではなく、過去世からの影響さえあるのかとも思います。(生まれたばかりの赤ちゃんでさえ個性があるように)
従って、我々が持つ現段階の意識ではどうすることも出来ない程の蓄積が、我々を意図せぬ方向へと動かせているようにも思えます。
それ故、思い通りにならないのが人生と諦めてしまいたくもなる・・・ けれど、それさえ元々は自分が選択したしるし・・・
したがって、 「どのように自分の人生を造っていくか」 がまず不可能、宇宙は全部幻。自分もいない。 何も出来ません、ただの永久の孤独。
という個所には疑問です。 「自分もいない」と言いますが、今、息をする自分、疲れを感じる自分が確実にいます。 (自分がいないとは言い切れません)
このように毎瞬毎瞬、自分自身と向き合った結果で考え方や思考パターンが形作られ人生を動かしていくものではないかと思います。
だから、不可能ではないと思いますし、それよりも無限な可能性を秘めているように考えています。
このような話には、正解も答えもないと思います。 人それぞれに思いや考え方があるだけです。 (一人一人の生き方が違うように・・・)
てぃーさん、またいずれ話しましょうね・・・
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Re: あなたが本当に在るのか判らない ( No.5 ) |
- 日時: 2013/04/30 07:35 (dion)
- 名前: てぃー
- 自分は居ないとはいえないが
自分は居るとも言えないね
たとえば自分という実体が有るのなら死ねないし (いつか死ぬ実体なんて無かろう) 実体が無ければ死ぬも無い
主体と行動は本当は境など無い。 主体が無ければ行動は無いが 行動するということなしに 行動する主体は考えられないから。
故に自分は存在できない。
もし反論したいなら ちゃぶ台ごとひっくり返すしか無い。
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Re: あなたが本当に在るのか判らない ( No.6 ) |
- 日時: 2013/04/30 12:55 (yournet)
- 名前: ami
- こんにちは。 てぃーさん。
私の言う存在とは、実体や生死とはかけ離れた次元にある存在の事を言っている。 この現実世界には確固たる実体を持つモノなどあり得ず、例えそうだと語られている事でさえ、見方によって様々に移ろい変わっていくものだと思う。 現代物理学の分野でも、観察者の意図が観察対象に及ぼす影響が認められている(観察者の意図が観察結果に影響を及ぼす)という事が言われているように、元々決まったものはない… 変幻自在で、もはや幻とみるほうがてっとり早く正しい考え方であろう。
したがって、存在とは100%この中(現実の世界)にはない。 私の言う存在とは この幻を見ている、または見させているのは一体何者か? それこそが私の言う存在であり、実在する。
この存在から見れば、人の生死は存在するしないの問題ではなく単なる一連の変化に過ぎない。 これは私特有の考えではなく、例えばこのサイトでもたびたび書き込まれる自殺の悩み。 現状のあまりの苦しさに死を考える人々は、死ぬ事によって苦しみから逃れられるのではないか? と考える。 という事は、死後、苦しみから解放された自分がいるはずという思いがどこかにある。 もし、死によって存在全てが消滅するという考えに支配されているなら、たとえ人を殺してでも生を選ぶのだろう。
薄っすらとかも知れないが、その事に人間は気が付いている。いや、ぼんやりと覚えていると言った方がいいのかもしれない。
その存在すら「無」だとすれば、この人生の体験(苦しみや悲しみ、幸せや喜びなどの経験)はどこからやって来るのか!? それを観る人がいなければ映画など作る人もいないように、観る存在があるからこそ現実世界が現れる。
我々人間には聞き取る事の出来ない周波数の音や識別できない色があるのと同じように、理解を超えた知覚できない次元の世界があるだろうと思う。 見えないから、聞こえないからと言って存在しないとは言い切れない。 虚無とは、私たちの宇宙、この世、現実または非現実・・・ それらすべて以外のモノ。 つまりは、一切存在しないもの・・・
てぃーさんの言い方の比較で話すならば、存在しないもの(虚無)の対象としてこの世は確実に存在する・・・
ちゃぶ台ごとひっくり返す必要は無いですよ(笑) 星 一徹かよ・・(笑)
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Re: あなたが本当に在るのか判らない ( No.7 ) |
- 日時: 2013/04/30 13:40 (dion)
- 名前: てぃー
- 自分が言っているのは大乗仏教で言う空の事であって
それは有とか無とかではない空っぽであり それらを超越している(まあ結局虚無につながりやすいけどね)
あるいはamiさんのいっているのは 仏教で言う空を実体として捉えている感じかな しかしながら空に対して非空が有るのなら (それによって成り立つなら) 空もまた空である=結局何もないということにしかならないよ
自分がno5で言っているのは生成、消滅のことであり 変化のことだ。 変化そのものがありえないということ。
そう、大乗仏教は虚無主義にしかならない だからさ、それがいやなら 丸ごとひっくり返すしかないんだよ
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Re: あなたが本当に在るのか判らない ( No.8 ) |
- 日時: 2013/04/30 13:52 (dion)
- 名前: てぃー
- >>現代物理学の分野でも、観察者の意図が観察対象に及ぼす影響が認められている(観察者の意図が観察結果に影響を及ぼす)という事が言われているように、
こんな事聞いた事ないな。 たぶん量子力学の波動関数の収縮のことだろうけど、 あれで言っているのは細かすぎて予測不可能っていっているだけだよ。
科学的見地に立てば 酒とか薬とか物質で意識が乱れるなら心と呼ばれているものは 脳内の化学反応であり物理法則に縛られているというほうが一般的。 まあ科学なんてオカルトと同レベルだけど、自分にとっては。 結局公理(思い込み(仮))から始まっているから。 クオリアの存在(仮)についても上記(No7)の通り
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Re: あなたが本当に在るのか判らない ( No.9 ) |
- 日時: 2013/04/30 14:41 (yournet)
- 名前: ami
- ん〜・・
私は仏教もキリストも興味は無く、ただ自分の経験とそれらから教わる知識に基づいて生きてる凡人だが… てぃーさんの言う事は、「色即是空・・空即…」の事ですか?
これについても様々な解釈があると存じておりますが、てぃーさんの解釈とはどのようなものですか?
量子力学の波動関数の収縮については詳しくは存じませんが、「波の収縮」と言うほか、原子核の周回軌道をとる電子との距離を計測しようとすれば粒子状に。 廻る速度を計測しようとすれば、電子の帯のようにもなりと観察意図により変わりゆく結果となった。 結局、光の正体は波でもあり粒でもあると、正体に付いて決着を付けた。
そのような正体の集積である私たちの物質社会は、やはり曖昧というほかないと思います。 色即是空・・・ですかね。
しかしながら、区別することができない色と空・・ 色がないならば空もなく、空がないなら色もない。 ふたつそろって初めて絶対性。 そのどちらもあるならば、私たちの世界は色。 それを与えられているならば、それを受け入れ真摯に生きるしかないのかと感じております。
つまりは、存在に感謝し、在ることのありがたみを噛みしめながらこころ尽くし生を送るしか道はないのかと思います。
てぃーさんの考え、お待ちしております。 (スレ主の T. さん、何だかすみません)
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Re: あなたが本当に在るのか判らない ( No.10 ) |
- 日時: 2013/04/30 16:34 (dion)
- 名前: てぃー
- そう、色即是空空即是色のこと。
物事は関係によってしか成り立たないというもの 長いが有るには短いがないといけない、というような。だから 独立したものはない、物事の本質は空っぽであるということ
>>「波の収縮」と言うほか、原子核の周回軌道をとる電子との距離を計測しようとすれば粒子状に。 廻る速度を計測しようとすれば、電子の帯のようにもなりと観察意図により変わりゆく結果となった。
波であり粒子であるってのは聞いたこと有るけど。 それはおれの聞いたのとはちょっと違うな おれのは観測するまでは 波的なもやもやしたものであり 観測すると粒子になるというもの。 でも結局方法によって形状が決定されるのなら 人の意図、自由意志があることとは繋がらないんじゃない? それに脳内の幻覚とも言えるしね。
>>しかしながら、区別することができない色と空・・ 色がないならば空もなく、空がないなら色もない。 ふたつそろって初めて絶対性。 そのどちらもあるならば、私たちの世界は色。
逆らね。片方では成り立たないなら、 どちらも実体は無い、 空ってこと。
ていうかもう止めようぜ。 俺、穴を知っているから 自分で書いてきたこの考えの。 よく出来てるんだけどね。
他人は居るよ、自分という実体(霊)も有るわ。 当たり前。
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Re: あなたが本当に在るのか判らない ( No.11 ) |
- 日時: 2013/04/30 16:53 (yournet)
- 名前: ami
- いいよ。わかった!
もう、止めよう・・
ありがとな。
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