No.0に対する返信 ( No.1 ) |
- 日時: 2014/07/27 14:08 (plala)
- 名前: かゆがも
- > 私の家族は祖父母と両親の仲が良くないので家族の愛とか分かりません。
祖父母と両親の仲が悪いのは残念ですね。 ですがあなたと祖父母の仲、あなたと両親の仲を良好にするよう、努力するのはどうでしょうか。
>家にいても妹といるときぐらいが楽しいと感じます。 姉妹の仲は良いようで何よりです。
> たまには楽しく感じることもあります。一番楽しいのは好きなことをしている時です。 好きなことがあるっていいことですよね。
> 友情でもまだ裏切られたことはないけど > どう思われているのかと考えてしまいます。 >だから本当の友達とか信頼出来る友達って分かりません。 無理に人を信用する必要はありません。 人を信用することは危険なことなんですよ。 なぜなら人を信用して、相手が自分の期待と違う言動をしたら、悲しむのは自分です。 相手が親友であれ、実の親であれ、実の子であれ、信用することは危険です。 どんなに親しい間柄でも、その人の気持ちの状態が違えば言動も変わってきます。 そもそも自分の心すらなかなか自分の思い通りにできないのに、どうして他の人の心が自分の思い通りになるでしょうか。 ですから人と話すときは、自分に賛意を示すこと、同情的であることを期待しないほうがいいと思います。 相手は賛意を示すかもしれないし、反対するかもしれない、同情的かもしれないし、批判的かもしれない、と気持ちを中立(ニュートラル)にしておくと良いと思います。
> 同学年の友達、年下の友達 > 友達や親友と本当のに思ってくれているのか > 心配になる時があります。 友人にもランクはあると思います。 @挨拶したり、会話する程度(友人というよりタダの知人ですね)。 A一緒にいると楽しい、一緒に遊ぶ、友人(この辺から友人といえると思います)。 B苦楽をともにした、助け合う、互いに尊敬できる、いわゆる親友。 はっきり言って@〜Aはポイポイ変わるので多くを期待しないほうがいいでしょう。 だからと言って蔑ろにして良い、という意味ではありません。 @〜Aの友人達もいつ、仲が深まってBになるとも限りませんので。 Bは親友ですが、これは人生を通しても1〜3人いるかいないかです。 そしてあなたが良友を望むとき、あなたも良友であろうという努力が必要だと思います。
> 私の周りの人は私をどう思っているのか? > 心配です。 少しだけ自我(エゴ)が強いのではないでしょうか。 人は自分が正しい、可愛い、重要である、一番、特別と思い込んでいる生き物です。 このような感情を自我(エゴ)といいます。 エゴは皆持っていますが、このエゴが強いと苦しむことになります。 エゴが強いと自分が相手にどう見られているか気になります、人目を恐れます。 人は皆、大切で、特別な自分を皆に「良い人」だと思って欲しいのです。 しかし、エゴは間違っています、だからエゴが強いと苦しいんです。 本当は、自分は特別ではない、当たり前で、皆と一緒で、間違うこともある、存在です。 そのことを理解している人は人目を恐れません。 いいじゃないですか、あなたはタダの人なんだし、あなたを見る相手もやっぱりタダの人です。 良く見られる事だって、悪く見られる事だってありますよ。
人が、友達が自分のことをどう思っているのかは分りません。 しかし、あなたが友達をどうするかはあなた次第です。 是非、今の友達を大切にしてください、友達に優しくしたり、友達のことを心配してあげるんです。 あなたも誰かから優しくされることは好きでしょう、誰かが自分のことを心配してくれるのもありがたいことですよね。 ですから自分のほうからしてしまうんです。 そうしたら割りと相手から優しさや心配が返ってくるものです。
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Re: 誰かに愛されているのか? ( No.2 ) |
- 日時: 2014/07/27 19:51 (softbank126042114116.bbtec.net)
- 名前: you
- こんばんは^^
かゆがもさん。
人を信用することについて書かれてあるあなたの意見は、ちょっと悲しいけど、本当のことだと思います。中立に考えるという姿勢は、仏法でも語られてますね。
中道という概念と、同じです。
私も気を付けねばと、思います。
良い意見ありがとうございます。
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